「玲さん。明日から家にお客様が来ることになったの。孝也の従姉で『夏季ちゃん』っていうんだけど、彼女の友人が今度結婚するんだけど、その結婚式に出るためにこっちに来るらしいの。そのあと何日か家に泊まることになったの。」
いい?と了解を取る孝也の母に玲はにっこりと頷いた。
「はい。」
それまで玲の隣でおとなしくご飯を食べていた孝也が顔をあげた。
「え?夏季さんが来るんだ?」
少し嬉しそうに孝也が会話に入ってきた。
「えぇ。久しぶりよね、家に来るの。」
「3年ぶりくらい?夏季さんが住んでいたの。」
孝也がそう言うと、母親の方も大きく頷いた。
「そうね、3年ぶりくらいになるかしら?いい子よ?きっと玲さんも気に入ると思うわ。」
そう言ってにっこりと笑った。 孝也の方も、そうよねという母親の視線をうけ、大きく頷いた。
玲の前で孝也が他の女性の話などしたことがない。それだけに玲の中で二人に対する疑惑が頭をもたげてくるのだった。
(もしかしたら、孝也くんが昔、好きだった人なのかな・・・)
玲はそう漠然と思った。
翌日。 昼休みを抜けて孝也が帰宅してきた。
それ自体は大して珍しくない。一緒に住むようになって時折、仕事の合間を見て、玲とお昼を食べに帰ってきたりしていたのだから。
だが今日は、いつもと違っていた。
孝也が女性同伴で帰ってきたからだ。
「如月 玲さんね?はじめまして。孝也さんの従姉の夏季です。」
そう名乗ったのは、黒い綺麗な髪が印象的な美しい女性だった。
昼食のときに紹介された夏季は、ただ外見が綺麗なだけじゃなかった。
服の着こなしから、きめ細やかな気配り。
それは玲が『こうなりたい』と思っている理想の女性像だった。
―――好きな人はいるけど、振られたし、ね。
以前聞いた孝也のセリフが玲の頭の中でフラッシュバックする。
(・・・あぁ、孝也くんの言ってた好きな人ってこの人だったんだ。)
そう、玲は確信した。
―――こんな素敵な女性がすきだったんだね。
玲の横で、楽しそうに夏季としゃべっている孝也にそっと視線を向けた。
いつもならこちらにも注意を払ってくれる孝也は、玲の存在などまるでいないかのように昔話に興じている。
それは玲の知らない「滝野 孝也」だった。
玲は寂しそうにため息をつくと、静かに席を立つ。
「え?れい??」
玲の席を立つ音に孝也は漸く玲のほうに視線を戻した。
このときになって漸く、玲の存在を認めた様子の孝也に、玲は一層悲しそうな顔をする。
「ごめんなさい。少し気分が優れないので先に休ませていただきます。」
玲はそれだけ言うと昼食もそこそこにリビングを出て、自分の部屋へと向かう。
(仕方ないのは分かってるの)
玲は自分の心のうちにしっと呟いた。
(私は孝也くんの本当の婚約者じゃないし、孝也くんが昔好きだった人を大切にしているのも分かるの)
―――そして、自分がそう思うこと事態、間違っていることも。
だけど、孝也が自分以外の女性と親しく話をしていることも、自分以外の女性を大切にしていることも、全てが悲しかった。
(これって、やきもちかな?)
玲は自分の部屋のベットに腰をかけながら自嘲する。
(そんな権利、私にはないのにね)
そう思いながらも、流れ出る涙を止めることは出来なかった。
夜中の三時。 玲は眼を覚ました。
(ヤダ、あのまま寝てたんだ・・・)
玲は濡れた頬を手の甲で拭い、起き出した。
玲の脳裏に先ほどの孝也と夏季の様子が思い出されてくる。
仲の良さげな二人の様子が繰り返し玲の眼にちらついた。
(孝也くん、今でも夏季さんのことが好きなのかな・・・)
多分、そうだろう。 玲は自分で自答自問した。
今日の食事時のあの様子から見ても、それが良く分かる。
「水でも飲もうかな・・・。」
これ以上部屋にこもっていてもどんどん暗い気持ちになっていくだろうと玲はそう呟くと、そっと自室を出た。
トン、トン、トン。 玲は小さい足音をたてて、階下に下りていく。
(こんな夜中なんだもん。みんなきっと寝てるよね)
玲はそっと階段を歩いた。 ふと、階段の下にある書斎からこぼれてくる光が眼に入った。
「―――誰だろ?こんな時間なのに・・・。」
玲は壁にかけられている時計で時間を確認しながら呟いた。
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