玲と孝也が婚約して一週間。  
  二人の間を優しく時が流れていく。   
 たとえば、朝食のとき、玲は朝早くに仕事に出る孝也と朝食を取るために、6時には起きた。   
 たとえば、夕食のとき。孝也は出来れだけ間に合うように帰宅し、玲をリビングまでエスコートした。 二人は、お互いの時間を出来るだけ取るようにしていたのである。
 ―――少しでも長く。  
そんな二人のお互いに対する気持ちは、周りの人々には一目瞭然だった。  

 「孝也、いい子を見つけてきたわね。」  
 ある時。 孝也の母親が孝也に語ったこともあった。  
 「そうだろ?」  
 自信満々に答える孝也に対し、母親はただ笑っているだけだった。  
 (こんな孝也の姿を見ることになるなんて・・・。)  
 母親はそう嬉しそうに微笑んだ。 息子は一生、恋愛なんてしないのではないか、そう思えるほど女性をまったく寄せ付けなかった孝也を殊の外心配していたのだ。それがこれほど大切にできる人を見つけてきたことが、何よりも嬉しかったのだ。  
 玲は孝也の両親だけでなく、滝野邸で働く人々も魅了していた。  
 毎日のちゃんとした挨拶と、笑顔。そして誰に対しても代わらない態度、優しい心遣い。 玲はいつの間にか、この滝野邸にはなくてはならない『若奥様』として、みんなに慕われるようになっていた。  
 そして、玲を大切にする孝也の姿。  
 そんな二人を孝也の両親が、周りの人々が、暖かく見守っていた。  
 そしてもちろん、玲の祖母、カヤノもだった。  
 孝也は玲と婚約して彼女と同居するようになってから一週間に一日は、玲を連れて如月家へ訪れるようにしている。  
 それは、如月邸に一人残されたカヤノと、そんな祖母を心配する玲に対する孝也の気遣いの現われだった。 カヤノもそんな孝也の気遣いを心の底では嬉しく思っているのだった。  
少しずつ、孝也と玲の距離が近づいていった。     


******


 『玲、今晩外で食事をとろう。』  
 夕方、孝也から突然の電話である。  
 「今晩?」  
 もう用意されているであろう夕食のことを思うと玲は少しためらってしまう。  
 「・・・でも・・。」  
 孝也は玲が躊躇する理由を思い至り、微笑んだ。  
 『晩御飯のことなら大丈夫。今晩は外食するって言ってあるから。』  
 そう孝也は玲に伝えた。
 「もしかして、はじめから外食の予定だったの?」
  『あぁ。実は今日の昼。親父に玲と外食するって言っといたから。どうする?』  
 そう尋ねられて、玲は笑いながら返事をする。  
 「うん、行く。行きたい。」  
 電話の向こうで、すこし嬉しそうに返事をするそのトーンが僅かに上がった。  
 『6時くらいに迎えに行くから』  孝也はそう言うと、一方的に電話を切った。  
 ―――んもう、強引なんだからっ。  
 そうは思うものの、玲はそんな強引な孝也も好きなのだ。  

 Just6:00。  孝也が玲を迎えに帰宅して来た。  
 深い緑のジャケットにカラーのワイシャツ。いつもより少しくだけた服装が孝也の瞳を一層際立たせていた。  
 「玲っ。用意できた?」  
 玲の部屋の扉がそっとノックされた。  
 「う、うん・・・。」  
 孝也にそう頷くと、玲は自室から顔を出した。  
 うすいピンクのそのワンピースはほっそりした玲に良く似合っている。  
 「似合うじゃん、それ・・・。」  
 孝也は眼を見開きながらそう呟くと、玲にそっと腕を差し出した。  
 「え?・・・孝也くんっ・・。」  
 差し出された孝也の腕に戸惑う玲に対して、孝也は少し微笑んだ。  
 「ほら、行くよ。」  
 そう言いながら、玲の細い肩をそっと抱き寄せた。 玲は戸惑いつつもその優しく自分を包んでくれる孝也の力強い嬉しかった。 その腕に抱かれながら、玲は孝也と共に出かけていく。  
 孝也が手配してくれたそのレストランは素敵だったが、それ以上に玲にとって嬉しかったのは孝也と過ごす二人きりの時間だった。  
同じ邸で過ごしていると言っても、周りに孝也の両親とかがいてなかなか二人きりになれない。  
だから、こんな風に二人で過ごす時間は他の何よりも大切なものに思えるのだ。    

―――こんな幸せでいいのかな?  
 玲はそう思いながらも、少しでも長く、この幸せが続けばいいと思わずにはいられなかった。    


二人が同棲(同居)して、数週間。 今では玲は孝也の存在にもなれ、優しい両親と孝也に囲まれて、幸せに暮らしていた。  

―――そんなある日。  滝野家に一人の女性がやってきた。


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