玲は祖母に本当のことを告げて、まっすぐ両親の墓を訪れた。  
 そして、静かに手を合わせる。  ちいさいころに亡くなった両親のことは玲は余り覚えていない。 だが、何かあった時は必ず、墓を訪れ、自分で報告することにしているのだ。  
 「お父様、お母様。―――どうしたらいいの?」  
 玲は墓石に手を触れ、そう呟いた。  だが、どうしたらいいかなど、応えてくれるはずもない。  
 (忘れられるの、かな・・・?)  
 そう自問してみる。    
 今朝早く自宅に戻った玲は、ずっと孝也のことを考えていた。  
 『孝也くんの好きな人が、夏季さんみたいな人じゃなかったらよかったのに・・・。』  
 そう思いもした。 そうすれば、自分だってがんばれただろう・・・。 玲にとって、昨夜、孝也に自分からKissしただけで精一杯だった。  
 本当によく頑張ったと思う。  
 そう思いながらも、また新たな涙を流した。  
 「泣くくらいなら、逃げなきゃいい。」  
 玲の耳に、あきれた声とため息が聞こえた。  
 玲はその声に大きく肩を震わせ、顔を上げた。  
 コツ。コツ。・・・。  
 墓の前で動けずにいる玲に一歩一歩近づく男性の靴の音が響く。やがてその音は玲の真後ろで止まった。  
 「玲?こっちを向いてくれ?」  
 優しく耳元で紡がれる言葉に従い、玲がゆっくりと振り返った。  
 「孝也くん・・」  
 玲は知らず知らずのうちにそう呟いていた。  
 「なんで、いなくなった?」  
 少し怒ったような孝也の声に、玲はそっと俯いた。  
 「・・・だって・・・。」  
 玲は、そう言うとまた押し黙ってしまう。その言葉を続けたのは、質問をした孝也だった。  
 「俺が夏季さんを好きだと思ったから?」  
 そう問いかける孝也に玲は俯いたまま頷いた。  
 「俺は「夏季さんを好きだ」って、一度でも玲に言った?」  
 「・・・・・。」  
 「思い込み、だと思わないか?」  
 「―――だって、夏季さん。あんな素敵なんだもんっ。孝也くんが好きになったって仕方ないって思うもん!!」  「当たり前だろ。俺の従姉だから。俺の好きな人は別にいるよ。」  
 「・・・・・・。」  孝也のその言葉に玲は背中を向けた。  
 「―――知りたく、ない?」  
 そう問いかける孝也に玲は静かに首を振った。 玲の肩で、長い髪がそっと広がる。 孝也は玲にそっと近づいて、その後姿をそっと抱きしめた。  
 「俺がずっと好きだったのは―――愛していたのは玲、だよ。」  
 「え?」  
 玲の身体が揺れ、その背中が孝也の胸に深く沈む。  
 「ずっと、好きだった。玲がはじめに婚約するずっと前から・・・。だいたい、どれくらい相手が困っていたとしても、好きじゃないヤツと婚約なんてしないよ、俺。」  
 そういって一層強く、玲を抱きしめた。 その孝也の腕を玲の涙がそっと濡らした。  
「・・・玲。玲から俺に愛の告白はないの?」  
 そう悪戯っぽく耳元で囁く孝也の耳に、か細い声が響いた。  
 「私も、孝也くんが好き、です・・・。」  
 そう言いながら、孝也の腕を抜け出し、その唇にそっとKissを落とした。  
 孝也は玲に嬉しそうに笑うと、彼女の腕を捕まえて、彼女の両親の前で誓いのKissを交わす。  
 それは、半年後に行われる結婚式の予行演習だった。


******


 12月25日。  
 世間一般にはクリスマスだが、如月玲にとってはそれよりも大切なイベントがある。 元婚約者の後輩であり、今年彼女の婚約者になった『滝野孝也』の25回目の誕生日なのだ。 二人の婚約はそもそもすんなりいったものではなかった。 彼女は今年、婚約者であり、幼馴染だった『山本 翼』と婚約していたのだが、彼には他に好きな人がおり、その彼女と勘当覚悟で駆け落ちをしたのだ。山本からそのいきさつは直接玲にも話があり、そのことを聞かされたのは玲と、あともう一人、幼馴染の孝也だった。その事情を知った孝也は玲のことを思い、偽の婚約者を買って出たのだ。  
 二人はすぐに婚約をし、同居生活をはじめるようになった。その時孝也はすでに玲のことを愛していたのだが、孝也はそのことを告げず、また玲のほうは孝也が好きなのは、彼の従姉である夏季だと思っていたのだ。玲は孝也のことをいつしか愛するようなるが、孝也と夏季が一緒にいるのを見ることに耐え切れず、滝野家を出たのだった。  
 孝也はすぐに玲を追いかけ、誤解を解き、晴れて二人は婚約を改めて交わしたのだった。  
 玲の祖母にその報告に行ったとき、
 「わかった。ただし、結婚するまで手を出すんじゃないぞ、孝也。」
 そう言って二人を祝福してくれたのだ。 そして、その命令を二人は今でも忠実に守っている。
 (本当はもう少し時間をかけたかったけど・・・。)  
 孝也は何かの拍子にまだお互いの気持ちを確信できなかった時のことを思い出して、そんなことをふと思ったりすることもある。 当初の予定ではこんなにすぐに一緒に住むことになるとは思っていなかったのだ。 山本ではなく自分が傍に居ることに玲に少しずつ馴れてもらってから同居(同棲)を持ちかけようと思っていたのだ。  だがそれは、孝也の両親の出現により消え去った。  孝也の両親(主に母親が)玲との同居を望み、それを実現させた。  
 二人きりでいると、まだ気持ちがついていっていないであろう玲と、すぐにでも次の段階に進みたいと思う自分との間の防波堤になってくれていたのだ。  
 暴走しないように・・・。  
 毎日そんなことを考えていたのがつい昨日のことのように思える。そして、これでよかったのだと今では心のそこから思えるのだ。  
 「ねぇ、孝也くん。もうすぐお誕生日だよね。なにか欲しいものってある?」  
 玲はそう問いかけた。  二人が改めて婚約をし、孝也の両親と玲の祖母を説得し、二人は滝野家に再び同居となったのである。  
 そして、初めての彼の誕生日なのだ。どうしても彼の欲しがっているものをプレゼントしたい。  
 「・・・玲のくれるものなら何でもいい。」  
 孝也はやや間をおいてそう応えた。  だが、幼馴染を長くやってきた玲にはそれが孝也の本心だと額面どおりに受け取るはずがない。  
 「なんでも言ってね。せっかくの誕生日なんだもん。」  
 「―――ホンとに、いいんだ?」  
 そう聞く孝也の瞳の奥に何かが光った。それは玲も気がついたのだが、まさか今更、『やっぱり、ダメ。』なんてことを言えるはずがない。  
 「う、うん・・・。私にあげれるものなら・・・。」  
 玲がそう言うと、孝也はニッコリと笑った。  
 「わかった。じゃぁ、『玲』ちょうだい。」  
 孝也はそうこともなげに言う。  
 「!!」  
 半分予想していたものの、孝也の言葉に玲は顔を真っ赤にする。  
 「無理だったらいいよ。玲にもらえるものなら何だって嬉しいし。」  
 そう、無理強いはしない。玲の意思でもらいたいのだ。  
 「う・・・。わかりました・・・。」  
 玲の返事に孝也は嬉しそうに笑う。  
 「玲をまるごと、ね。楽しみにしてる。」  
 孝也はそう満足そうに言うと、玲の額にKissをした。    

 そうして、今日。 とうとう玲にとって覚悟に日がやってきたのである。  
 その日は夕方から滝野家でクリスマス・パーティーが行われることになっていた。  
 朝から、孝也の母親は忙しそうに立ち回っている。  
 「おかあさま、何かお手伝いをすることはありますか?」  
 玲は今日何度目かのそのセリフを孝也の母に問いかけた。  
 「いえ、大丈夫よ。今日は玲さんはゆっくりなさっていて、ね?」  
 そう言って今日何度目かのそのセリフを聞いたのだった。  
 だが、ゆっくりなさっていてと言われても、はいそうですかと玲がゆっくりできるはずもない。 今日、玲が孝也の母親に他に聞かれたことといえば、  
 「どんな花が好き?」  
 ということだけだった。  
 その問いに応えた玲は昼をすぎる頃には、せっつかれるまま祖母がこの日のために贈ってくれた白いドレスに身を包んだ。    
 「ただいま。」  
 孝也がいつもよりやや早く帰宅する。  
 玲が本当の婚約者になってから毎日、できるだけ早く帰宅し、多くの時間を過ごすことも多くなってきた。 だが、それでも、二人きりで過ごすことは余りない。 それは、玲の祖母、カヤノに『結婚するまで手をださない』ことを約束させられたからだ。 玲と二人きりで過ごしていて、それを守れる自信はないということであろうか。  
 「お帰りなさい、孝也くん。」  
 玲は嬉しそうに孝也を玄関で迎えた。  
 「ただいま、玲。」  
 孝也はそう言うと、パーティーの忙しさで、周りに人がいないのを確認すると、玲の頬にそっと口付ける。  
 「!!」  
 玲は一瞬眼を見開いたが、嬉しそうに微笑んで、お返しをする。  
 そんな二人の様子を、影で見守っているものがいる。孝也の両親である。  
 「可愛らしいわね、玲さん。そう思わない?」  
 上目遣いで毅を見つめる母。  
 「お、おう・・・。」  
 さすがの毅も、自分の妻にはめっぽう弱いらしく、どぎまぎしながらそう応える。  
 「このままだと、大丈夫そうね。今夜。」  
 「ま、孝也次第ってとこじゃねえか?」  
 そう噂されているとは知らず、孝也は玲の肩を抱き、孝也の部屋へ連れ込む。


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