「いいね、そのドレス。」
孝也は玲の真っ白のドレス姿に、ややきつい眼を優しく細める。
実際、ウエストまでまったく何もない、美しい白い光沢ときゅっと絞られたウエスト。そして、ウエストからすそまで豊かな布にちりばめられた真っ白な上品な真珠は、玲の白い肌を、より一層引き立てている。
そして、いつもはたらしている漆黒の髪を豊かに結い上げ、そこにドレスと同じ、小さな真珠を無数にちりばめていた。
それがいつも以上に美しく、玲を飾り立てていた。
「・・・あ、ありがとぅ///。」
玲はいつにない孝也の誉め言葉に、頬を真っ赤に染める。
「総帥、から?」
「あ、うん。今朝届けられたの。『今日のパーティーに着なさい』って」
そう無邪気に微笑む玲だった。
孝也は「ふ〜ん」とだけ言い、それ以上の感想はなかった。
「でもそれじゃぁ、胸元が寂しいね。」
孝也の視線がウエストから、胸元へとあがる。
「あ、うん。あとで何か付けようかなって・・・。」
そこまで言った玲の言葉がふと、途切れる。
孝也が部屋に置いてある机の引き出し中から宝石箱を出してきて、玲に手渡す。
「え?」
意味がわからず、問いかける玲に孝也はくすりと笑って見せた。
「クリスマス・プレゼント、だよ。あけてみて」
促されるまま、玲は宝石箱を開ける。中にはダイヤモンドを中央にあしらったチョーカーが入っていた。
「・・・綺麗・・・。」
そう呟く玲を孝也は嬉しそうに見ている。
「気に入ってくれた?」
「うん。―――でも、もらえないよ、こんなの・・・。」
「なんで?」
やや不機嫌そうに問う孝也。
「だって・・。」
「それ、玲のための特注品、なんだ。玲のために生まれてきたんだよ。」
「でも、だって・・・。私、孝也くんにクリスマスプレゼントなんて用意してないもの・・・。」
そうなのである。 玲は先日の孝也の(すごい)セリフに気をとられていて、すっかり忘れていたのだ。
「玲が、それを付けてくれるのが、クリスマスプレゼント。」
そうニッコリと笑う孝也に、玲は頷くしかなかった。
「ありがとう、孝也くん。」
玲は孝也の優しさに感謝し、そう微笑んだ。
「姫。一曲踊っていただけませんか?」
そう言って玲に深々とお辞儀をしたのは、薄いグレーのタキシードに身を固めた孝也だった。ただでさえ、引き締まった体躯の孝也だが、そのタキシードは孝也をいつも以上に大人に見せた。
6時にはじまったパーティーの1曲目を踊ってから、いろんな取引相手にあいさつ回りをしていた孝也だが、30分もする頃には、もう、玲の隣にやってきた。
滝野家恒例のクリスマスパーティーには、孝也の両親はモチロン、今は別のところに住んでいる孝也の弟、玲の祖母カヤノや、あと先日勘当をとかれた山本 翼・美咲夫妻をはじめ、美咲の兄やほか、多くの著名人で埋め尽くされていた。
「はい、王子様。喜んで。」
玲は孝也のセリフを受けてそう応えると、腕まである手袋を付けた右手を、孝也の左手にそっと重ねる。
孝也はその手を優しく握ると、玲の腰に腕を回して確実なステップを踏んだ。
「・・・夢、みたい・・・。」
玲は孝也の分厚い胸板に頬を当てるとそう呟いた。
「なにが?」
「だって、こうして孝也くんと踊れるなんて・・・。」
玲は夢見心地でそう応える。
「俺も、だよ・・・。」
孝也はそう応じ、玲の身体をゆっくりと優しく包み込んだ。そしてそのまま、みんなの輪をはずれ、パーティー会場を抜け出した。
「―――どこに行くの?」
そう不思議そうに問いかける玲の手を引いて、孝也は自分の部屋へ再び、玲を引っ張り込んだ。
「玲。この間の俺のセリフ、覚えてる?」
そう話す孝也はいつになく真剣だ。
「・・・う、うん////。」
忘れるわけがない。玲は顔をまっかにしつつ応える。
「今日、俺の誕生日、なんだけど、俺が生まれたの丁度午後の7時だったんだ。」
そう窓辺によって呟いた。
「おめでそう。もうすぐ孝也くんが生まれて25年が経つんだね。」
「―――それで、その時間に、玲を俺にくれないか?その時間に玲を丸ごとほしい。」
そう言いながら、窓辺にそっと手を着き、玲の方を改めて振り返った。玲は孝也の意思を図りかねたようにな様子で孝也の方を見ている。
「え?」
「―――今日の、その時間に、これをかぶってもう一度みんなの前を一緒に歩いて欲しい。」
孝也の手には、真っ白で上品な細かいレースのベールが握られている。
「・・・これって・・。」
「そう。今日、これから結婚式を挙げて欲しいんだ。そして玲をまるごと俺のものにしたい。」
ごめん、あんまりロマンチックじゃないね。孝也はそう言うと、少し笑って見せた。
「―――うちの両親にも、総帥にも承諾を貰ってる。」
あとは玲次第だと孝也は言った。
多分、今日届けられたこの純白のドレスも、そして、今日聞かれた花のことも、すべてここにつながっていたのだと玲は改めて思う。
嬉しかった。知らなかったとはいえ、孝也が自分のために心を砕いていてくれたことも、そして、孝也の両親や玲の祖母が自分のためにしてくれたこと全てが・・・。
「―――はい。」
ややして玲は、そう返事をした。
「え?」
そう尋ねるのは、今度は孝也の方だ。
「はい。孝也くん。―――今日、私は孝也くんと結婚、します。」
玲は孝也の眼をまっすぐ見てそう返事をした。
「玲っ。」
孝也はゆっくりと玲のほうへ歩み寄り、彼女の身体を両手一杯抱きしめた。
「―――ありがと。」
そう彼女の耳元で囁く。
「ううん。私のほうこそ―――嬉しい。」
玲はそう言うと、孝也にキスをする。
孝也は一瞬ビックリしたようだが、やがてより一層強く、キスを返した。
午後7時。
階下から流れるウェディングマーチが静かに二人の耳に聞こえてくる。
「行こう、か?」
孝也はそう言うと、先ほど持っていたベールを、玲の頭にそっとかける。
玲はややかがんで、孝也のかけてくれるベールを頭に受け、幸せそうに微笑んだ。
孝也の右手に自分の左手を乗せた玲は、孝也に導かれるがまま、ゆっくりと階段をおり、ウェディングマーチとみんなの祝福が待つ、ダンスホールへと再び歩んでいく。
一歩一歩。 二人がこれから歩く長い道を踏みしめるかのように・・・。
――― 迷宮 完 ―――
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