「穂乃香…。」
車から出てきたその人はそう呟いた。金曜日以来聞くことのなかった、そして聞きたかったその声で、その口で、彼はそう呟いた。
「―――暁、さん?」
疑問系で思わず問いかけてしまうほど、信じられなくて、それでも信じたくて。
「―――ゴメ…。」
彼が何を呟こうとしたのか。穂乃香はそんなことは気づかなかった。ただ、目の前にいる彼が愛しくて、この金曜日の自分の行動を後悔して、それでも彼にそばに居てほしくて―――抱きついた。
「ほ、のか?」
滅多にない穂乃香の積極的な行動にはじめは戸惑った間のあった暁もやがて、その温もりを愛おしむようにそっと抱き寄せる。
「ゴメン、穂乃香。」
そんな言葉が彼の唇から紡がれる。そんな言葉なんか聞きたくないとばかりに、穂乃香は暁に抱きついたまま大きく首を振った。
「怖かっただろ?」
そう問いかける暁の言葉に穂乃香はもう一度首を振ると、なお一層きつく暁に抱きつく。静かに穂乃香の頬を伝う涙に暁はそっと身体を引き剥がす。
「穂乃香が『怖く』なかったとしても、俺は自分を許せない。」
頬を伝うその涙を親指の腹でそっと拭う暁の手は、そのまま穂乃香の唇を軽く開いた。
「―――それでも、俺のそばに居てくれるか?」
そんな当たり前の問いに、穂乃香は泣き笑いする。
(―――分かりきったことなのに…)
そう思い返事をしようとした穂乃香は、顔を上げた。
―――……。
涙で揺れる視界の中に映る暁の瞳は、不安がそのまま映っている。今まで気づかなかった。こんな自信のない暁が居ることに…。
「―――好き。」
今まで言葉で伝えることのなかった想いを、そっと呟いた。暁の抱きしめる腕がわずかに緩む。
「え?」
信じられないような目で穂乃香を見つめる暁に、穂乃香はもう一度呟いた。
「大好き。」
その一言で。
暁は本当に嬉しそうに無邪気に笑む。今までで一番の微笑み。
見たことのない本当に心のそこからの暁の微笑だ。
その一瞬の笑顔の後。
さっきよりもより深く、きつく、抱きしめられた。
「―――のか、ほのか、穂乃香…。」
背中に回された暁の腕は、とても優しく力強かった。その暁の腕に勇気付けられたように自分の腕を暁の首に回した。
暁の首に腕を回すと、穂乃香は自然につま先立ちになってしまう。だが、そんな風に必死にしがみ付く穂乃香に暁はさらに深く深く抱きしめた。
「…暁さん。」
穂乃香は自分を抱きしめてくれている腕から抜け出すと、そのままそっと口付けた。
「―――!!」
自分の意思で穂乃香がそんな行動をするとは思っていなかった暁は、一瞬びっくりした後。
唇を離そうとした穂乃香をさらに強く抱きしめ、その唇を噛み付くように貪った。
「―――ん…。」
何度も何度も角度を変えて、暁は飽きることなく穂乃香の唇を重ねる。絡みついてくる舌に応えるように穂乃香も必死で暁のそれを貪った。
「……愛してるよ…。」
そう呟いてくれる暁に穂乃香の目尻から一筋の涙が頬を濡らした。
******
「穂乃香…。」
二人は抱き合ったままなだれ込むように穂乃香の部屋の中へと移動する。
「―――あ、暁、さん。」
リビングのソファーにそのまま押し倒されそうになったのに、慌てて暁を押し戻す。
「………ほ、のか?」
嫌なのか?
そう問いかけそうになる暁の胸にしがみ付いた。
「―――こ…。」
「え?」
「そこのドアの向こうが、し、寝室、なの///っ。」
その言葉に暁は苦笑する。
―――せっかちすぎた…か。
今までにない程余裕のない自分に苦笑する。
(よく考えてみると、穂乃香のマンションに入るのは初めてだったよな。)
だが、ゆっくり部屋を見回すこともなく、穂乃香に促されるまま穂乃香の寝室に足を踏み入れた。
―――そして。
目の前にあるベッドにゆっくりと穂乃香の身体を横たえた…。
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