「―――?!」
 翌朝。
 穂乃香が目覚めたとき、いつもの朝よりも部屋に入ってくる陽光の多さに驚いて飛び起きた。
 「っ!!」
 昨夜の情事の名残が身体の節々に悲鳴を上げさせていた。
 その身体を包み込む二本の優しい腕。
 「おはよう。穂乃香。」
 そういって腕の中深く。穂乃香は抱きしめられた。
 「あ、暁さん。」
 「しんどいだろう?もう少し寝ておいで?」
 そう囁く声がいつも以上に穂乃香を優しく包み込んだ。
 
 ―――本当なら、このまま頷きたい。
 そう一瞬思うほど、優しい優しい声。だが、そういうわけに行かないことは十分承知している。
 
 「そうしたいけど、仕事に行かなきゃ…。」
 「―――今日は、休みを取ったんだ。二人とも…。」
 「え?」
 「さっき穂乃香が寝ているときに電話をした。二人とも風邪で休みますってね。」
 少しおどけたような暁の言葉に穂乃香は何故か笑いを誘われる。いつもの仕事に対して厳しい暁には考えられない言葉だ。
 「二人して、ずる休み?」
 「ずる休みじゃないさ。『必要な休暇』だ。」
 二人は瞳を合わせると、一緒に大笑いをする。



******



 「穂乃香。話があるんだ。」
 暁がそう口を開いたのは、二人で遅すぎる昼食をとった後。その言葉に、穂乃香の瞳がかげる。
 ―――何かしたんだろうか?
 一瞬。そう考えたものの、特に思い当たることはない。
 「―――ずっと、穂乃香を騙していた。」
 「え?」
 突然、訳のわからない言葉に穂乃香はそう聞き返す。
 (騙されていた?何を??)
 「…初めて穂乃香を抱いたのは、昨日なんだ。」
 「え?」
 「酔った君を抱くことなんか、俺には出来なかったんだよ。」
 言いたくてずっと言えなかった言葉。暁の中に眠る良心の呵責がずっと彼を責め立てていたのだ。
 だが、本当のことを話す勇気はなかった。
 暁は穂乃香が思っているほど強い人間ではない。
 「悪かった。だが、本当の事を言うと、君が俺の前からいなくなりそうで…。」
 そう下を向いて呟く暁は、穂乃香のまるで知らない暁だった。


 いつも、外面は良くて、仕事はできる。そして、かなりオレ様な男。―――それが穂乃香の知る昨日までの越野暁だ。

 だが、自信がなく、こうやって下を向いて俯いて謝罪するのも同じ男。どちらも穂乃香の愛している彼の姿だった。


 ふわり。
 穂乃香は暁に抱きついた。彼女の優しい香りが暁の鼻腔をくすぐる。
 「―――ほ、のか?」
 「良かった…。」
 「え?」
 「暁さんと初めての日が、私の記憶に残ってるって事よね。」
 そう呟く穂乃香を抱きしめると、暁は深く浅く、何度も唇を重ねた。

 「穂乃香。―――愛してるよ、心から。」
 それは情事のときに口をついて出た言葉なんかじゃない。暁の本心だった。
 「―――嬉しい。」
 穂乃香はそう呟くと、今度は穂乃香のほうから暁にキスを返す。


The night to yearn for you。

 ―――君を想って何度夜を過ごしただろう。
 ―――あなたを想って何度眠れない夜を過ごしたかしら。

 その想いが漸く結ばれた日だった。これからもずっと、君を、あなたを想い夜を過ごしていくだろう。だが、それは本当に本当に幸せなことで、ずっとこのまま時を一緒に過ごして生きたい―――。





                                             ―――  君を想う夜    完  ―――



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