「もしかして、まだ怒ってたりする?」
朝食の間無言を通している穂乃香に、暁が面白そうに問いかけた。
「何がですか?!」
そう応える穂乃香の声が若干、刺々しい。
「昨日の夜のことだよ。穂乃香が水を飲みに行く時に寝まねをして…。」
ご飯をすくっていた穂乃香の手がふと、止まる。
「『昨日の夜』じゃなく、『今朝』だと記憶していますが?夜中の12時を過ぎていたんで。」
バッサリ。
これはもう、今までにないくらい怒っているようだ。
「じゃぁ…。明朝、穂乃香が水を飲みに行く時に寝まねをしていて、君が可愛く俺の頬にキスしてくれたのを密かに喜んでいたていう一連の出来事だよ。」
「!!」
もうそう言われるだけで穂乃香は真っ赤になる。その後に起こったことまですっかり思い出してしまったからだ。
向かい側の席で、寂しそうに穂乃香の瞳を覗き込む。
「///。そ、そんなことっ、声に出して聞かないでください!!」
「愛する穂乃香が怒ってるなら、『そんなこと』じゃないじゃないか。」
「言ってて恥ずかしくないんですか?」
最近、少しは慣れてきたのか、穂乃香も多少反論できるようになっている(ただし、顔を真っ赤にするところは変わってはいないが…。)
「別に。本当のことだから。―――それより、さっきのことだよ。怒っているのか?」
瞳を見つめられたまま、真剣に問いかける暁に、穂乃香はふいっと視線をそらせた。
「―――ってません。」
「え?聞こえないケド?」
「だから、怒ってませんってば!!」
穂乃香の返答に暁はしばし、考える。
「じゃぁ、ただ、恥ずかしかっただけってわけ?」
「//////っ。」
「だって穂乃香の意思で俺にキスをするなんて初めてだものね?」
さらに穂乃香の瞳を覗き込んで畳み掛ける暁に、穂乃香はさらに首を横に向ける。勿論それは恥ずかしいからで、暁には当然のごとくもろバレである。
「そうそう。それに俺に初めて君からキスをしてくれたんだっけ?この唇に。」
追い討ちをかけるように、暁は嬉しそうに自分の唇を指差した。
(―――ぜ〜ったい、分かっててやってるわ!!)
いくら天然の穂乃香でも、そんなことくらい察しはつく。このままではいつまでたっても、からかわれるばかりだろう。
(そうはいくものですか!!)
「そんなはしたない子は、暁さんは好きじゃないですよね…。私からもう2度としないでおきますね。」
これならどうだ!!とばかりに反論する。
昨日と今朝の様子からいくと、暁がすごく嬉しそうにしているのは明白であるから、多少効果があるかもしれない。
きょとん。
はじめは今一穂乃香の言うことが理解できない暁であったが、その直後にはにっこり笑って言葉を紡ぐ。
「そんな穂乃香も大好きだけど、まぁ、穂乃香がはしたないって俺に想われるのがそんなに嫌なのなら、今まで以上に頑張るしかないかな。」
「『今まで以上に』?」
「そ。今まで以上に、ね。」
この上なく嬉しそうに笑う暁に、穂乃香の箸が止まる。
「え?」
(―――な、なんか思ったのと違うところに話が進んでる?)
「何がですか?」
「だから、穂乃香からキスをするのがはしたないと思わないくらいに、頑張るって事。」
そう言うなり、暁はテーブル越しに穂乃香の唇を捕らえる。
「!!」
いきなりの暁の行動に穂乃香はびっくりしたように目を見開くが、暁の方は全く気にした様子もなくもう一度唇を重ねる。
くちゅっ。
穂乃香の唇の間をぬって暁の舌が口の中を蹂躙する。
「……んっ。」
はじめは嫌がるようなそぶりを見せていた穂乃香だが、次第に暁の口付けに屈する。
思うがまま、至極自由に動き回っていた暁の舌は、そのまま何度も何度も、穂乃香が自分のものであるように主張し続けた。
「!!」
暁の唇はやがて、そっと穂乃香のそれから離される。
その直前。
下唇を甘噛みすることも忘れない。
「//////なっ。」
「これで、穂乃香も昨日くらいのことで俺が君をはしたないと思うわけがないって分かってくれたよね?」
「―――。」
突然のあまり、咄嗟に声の出ない穂乃香に、暁が悪戯っぽく笑う。
「あれ、分かんなかった?―――――-じゃぁ、もう一度…。」
テーブルの上に身を乗り出した暁に対し、我に返った穂乃香は、自分の口を慌てて両手で覆う。
「わっ、わかりましたっ。」
「そうかい?」
至極残念そうに呟く暁に、穂乃香はぶんぶんと大きな音が立つくらい大げさなそぶりで首肯する。
「じゃぁ、これからも穂乃香からのキス、楽しみにしているよ?」
そうにっこり笑う暁に対し、穂乃香が相手に気付かれないようにそっとため息をついた。
(私が恥ずかしがっているのを知っているのに。―――悪魔だわ…。)
付き合うようになって分かってきた暁の性格の悪さに、辟易する穂乃香であった。
だが、それでも……。
暁のことが嫌いになれない穂乃香だった。
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