「ねぇ、私に何か報告することない?」
 この間から延び延びになっていた真紀との夕食の席で、穂乃香はそのふいの問いかけに思わずむせってしまった。
 「な、何よ?急に…。」
 「だから、私に報告すること、最近なかった?」
 「―――た、高志君と別れたこと?」
 「違うわよ。それは前にも聞いてるじゃない。」
 「じゃ、じゃぁ、―――この間真紀が行きたいって言ってたライブにほかの友達と行ったこと、とか?」
 「へぇ?そうなんだ??」
 「…ち、違うの?」
 恐る恐る尋ねる穂乃香に真紀はにんまりと笑って見せた。
 「―――こ、し、の、か、ちょ、う」
 「へ?」
 突然の暁の名前に、穂乃香は今まさに食べようとしていたパスタがポタンと音を立てて皿の上に落ちる。
 「『へ?』じゃないわよ。―――何かあったでしょ?越野課長と。」
 確信ありげに話す真紀に対し、穂乃香の方はやや慌ててしまう。
 「なっ、何かって?」
 「あのね、穂乃香。伊達にあんたとこんなに長く付き合ってるわけじゃないわよ。―――それとも、そんなに私には言えないの?」
 「だっ…。」
 「『だって』じゃないわよ。それとも、そんなに私のことが信用できないの?」
 そう真紀に言い返されると、ごまかすことなど出来る訳がない。
 「…そんなこと、ないけどさ。」
 「付き合ってるんでしょ?越野課長と。」
 真紀の言葉に穂乃香はかすかに頷いた。
 「やっぱり、ね。」
 そう断言されると、周りにもばれているのかと心配になってくる。
 「大丈夫よ。気付いているの、私だけだと思うから…。」
 そこは穂乃香と長いつきあいの真紀だ。穂乃香が何も言わなくてもいいたい事はすぐに分かるというものだ。
 「な、なんで分かったの?」
 「穂乃香の様子と課長の穂乃香を見る眼、かな?」
 真紀の言葉に穂乃香は思わず顔を赤くする。
 (そんなにあからさまなのかしら…。)
 「よく観察してないと気付かない程度だけどね。―――でも、いつからなの?」
 それを話すまで帰さないという形相に、穂乃香は観念して話すことにする。
 「……えっと…。高志くんに振られたときから、かな?」
 「高志くんに?」
 実は常々、真紀は穂乃香に対する高志の言動には呆れ果てていたのだ。その上、高志の浮気はずいぶん前から知っていたのだ。真紀の彼氏である亮からも聞いていたし、実際に高志が他の女性と腕を組んで歩いている姿も見たりもしていた。
 だから、穂乃香が高志と別れたと聞いて、本当によかったと心底思っていたのだ。
 「でも、なんで?高志くんに振られたときからっていうのはどういうことよ?」
 穂乃香は真紀には簡単に『高志に振られた』としか告げていなかったのだ。
 「―――実はね、…。」
 穂乃香は一息つくと、高志に振られたときのあらましとその後のことを間単に説明する。
 (―――やるわね、越野課長…。)
 真紀は前から、穂乃香には高志よりも暁の方がいいと思っていたのだ。勿論、暁が穂乃香を好きだったことは前々から気付いていた。だからこそ、事あるごとに穂乃香の前で暁を褒めていたのだ。
 「で、このことは会社の人たちには内緒なんだ?」
 「う、うん。課長は話しても良いって言ってくれたんだけど、ほら、越野課長って結構人気があるじゃない?だからやっぱり、さ…。」
 「だから最近元気がないんだね。」
 「え?そんなことないよ!!」
 「あるわよ。仕事中も気もそぞろだしね。―――最近、いつになくケアレスミスが多いじゃない、穂乃香は?」
 「あ、あれは…。」
 「社の女の人が課長に馴れ馴れしく話しかけているのを見た後とかにやってるでしょ?」
 「……。」
 「ほら、やっぱりそうじゃない。嫌なんでしょ?」
 「う、うん・・・。」
 観念したように頷く穂乃香に真紀は小さくため息をつく。
 「いっそのこと言っちゃえば良いのに。『越野課長は私のものです!』って。」
 「『私のもの』だなんて…。」
 「だって、嫌なんでしょ?」
 そう畳み掛けられると、穂乃香の方は素直に頷くしかない。
 「でも、やっぱり言えないよ…。」
 「何で?」
 「だって、さ。前に、会社の人に公表するって課長が言ってくれたのに、嫌だって言ったのは私なんだもん。それなのに今更みんなに言いたいって言うのって私の我侭じゃない?」
 「じゃぁ、このまま課長の周りに女の人がいっぱいいるのを黙って見ているってわけ?」
 「――――――。」
 そう言われると、穂乃香としてもそれはやっぱり我慢できないのだ。
 「まぁ、良いわ。ゆっくり課長に相談してみてもいいんじゃない?」
 「う、うん。」
 やや気が進まない様子だが、一応穂乃香が頷いたことで真紀はうれしそうに微笑んだ。
 
 そして二人の話題はそのまま、暁と穂乃香の話から逸れていった。

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