(って「はい」じゃ、ないよぉ〜)
促されるまま返事をした穂乃香だが、暁が出て行った途端、はっと我に返った。
「なんで、恋人同士なのよ?!―――たとえ、たとえ課長が言ったようなことが本当に会ったとしても…。」
自分では全く記憶にないので、そんなことがなかったとは言い切れない穂乃香はちょっとだけ弱気になってしまう。
「でも、でも。もし、万が一そうだったとして、万が一だけど。―――そうだったとしても、私と課長が付き合う必要なんてないじゃない?!」
そうだよね?
当惑気味に自分に問いかけるのは、あまり昨日の自分のやった行動に自信がもてないからだろう。
分かっているのは昨日飲み過ぎたことと、今の自分が置かれている状況だ。
(裸で課長のベットの中にいるってことは、やっぱりそうなのかな…?)
そう思うと自分自身で凹んでしまう。飲んだ上でのこととはいえ…。
「何で覚えてないのよ〜!!」
そう叫ぶと穂乃香は大きなため息をつく。
(―――今更、どうしようもない、んだよね…。)
ここでいくら悩んだとしても、一向に答えは出てこない。
「着替えよっか・・・。」
これ以上悩んでも無駄なことは今は悩まない。
どうやって思い出そうとしても、どうせ思い出せやしないのだ。
穂乃香はそう結論づけると、穂乃香はそうそうに次の行動へと移っていく。
(だって、どうせあの課長だもん。きっと冗談だっていいそうじゃない?)
そう自分に納得させたのだった。
「―――おはよう、ございます…。」
寝室を出た穂乃香は、すぐ隣にあるリビングの戸をそろそろと開けて小声で挨拶をする。
さっきは起きたばかりであの状況だったため、はっきり言って挨拶どころじゃなかったのだ。
「おはよう、穂乃香。ちゃんと着替えてきたんだね。」
頬をほころばせて、だが少し残念そうに話しかけてくる暁に穂乃香は虚をつかれたように黙り込む。
「―――穂乃香?どうしたんだい?さぁ、早く座ってて。」
左手にフライパン、右手にフライ返しを持ったまま笑いかけてくる暁に、穂乃香はただこくんと頷いた。
(誰?コレ?)
先ほどの暁とはまた一味ちがう様子に、穂乃香はただ戸惑うばかりだ。
「あ、あの…。課長、手伝うこととかは…?」
「―――『暁』、だよ。仕事の時にはよく働く頭は、日常生活では覚えが悪いのかい?」
先ほどのやわらかい雰囲気が一気に硬化する。まるで部屋の中が10℃は下がったようだ。
「―――か…。」
もう一度繰り返そうとする穂乃香に暁はフライパンとフライ返しを置き、ゆっくりと穂乃香のほうに近づいていく。暁のただならぬ様子に一歩一歩後ろに下がる穂乃香だが、あっという間にリビングの壁にまで追い詰められた。
「もう一度、ちゃんと教えなきゃいけないようだね。」
ぼそっと呟く暁の言葉を穂乃香がちゃんと理解できるかどうかという瞬間に穂乃香の顎は右手でクイっと持ち上げられた。
穂乃香が何かを言うまもなく、無防備なその唇の上に暁のそれがそっと重ねられた。
何が起こったのだ?
わけが分からないまま眼を見開く様子に暁の瞳は意地悪な光を放つ。
―――はじめは啄ばむようなキスが深く重ねられていく。息が苦しくって少し唇を開けたその隙をぬって暁の舌が征服するように穂乃香の口の中を我が物顔で縦横無尽に征服していく。
「―――んっ。」
気を抜いたらすぐにへたり込みそうな彼女の様子に暁の右手が穂乃香の腰に回されしっかりと抱きしめた。ややためらっていた穂乃香の両手はやがて暁の首に回される。
その様子に暁は満足そうに微笑むと、穂乃香の唇にちゅっと小さな音を立ててゆっくりと腰にまわしていた手を離す。
「?」
「今はこれ以上は駄目だよ?朝ごはんを食べてから続きをしよう。」
その言葉に、とろんとしていた穂乃香の瞳に一気に羞恥心が浮かび上がる。
「―――や、ヤダ…。」
そう呟いて下を向く穂乃香の肩を暁は笑いをかみ殺しながら先ほど指し示したテーブルのほうに導いた。
「ここでいい子で待っておいてくれるね?」
穂乃香の返事を待たず、暁は手早く朝ごはんの用意を再開する。
背中越しに感じる戸惑った穂乃香の視線に、暁は小さく笑うとそのまま朝食の支度を続けていく。
やがて暁の力作がテーブルの上に並んだころ、穂乃香のほうも自分の置かれた状況を分からないながらも自分の中で消化できたのか、先ほどのやや戸惑った様子もなく、テーブルについていた。
「さぁ、食べようか?」
穂乃香が戸惑った様子もなく座っているのを見て暁が満面の笑顔を浮かべている。
「はい、課長。」
「―――穂乃香?」
何度言っても『課長』という穂乃香に暁は少し怒った表情を見せる。
「……うっ。暁さん。」
「いつまで間違うんだい?今度から間違えたらペナルティを与えることにするよ?」
「ぺ、ペナルティ?!」
「そう。穂乃香が俺を『課長』って言うたびに1ペナルティ。で、10個たまったら穂乃香から俺にキスするんだよ。いいね?」
「そんなこと…。横暴です!!」
「穂乃香が間違えなければいいってことだろ。―――それとも、自信がないのかい?」
挑戦的に眼を細める暁に思わず言い返してしまう。
「大丈夫です!!受けて立ちますっ。」
その言葉を待っていたかのように、意地悪そうに笑う暁に穂乃香は思わず両手で口を押さえる。
だが言ってしまった言葉はもう取り消すことはできない。
「楽しみにしてるよ?」
暁はこの言葉を後悔している穂乃香をよそに、自分の作った朝食に手を延ばすのだった、。
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