「次兄―――レオンが発症したのは、レオンが父にソフィアの話をしてすぐだったんだ。その頃、城下で伝染病がぼつぼつ出はじめた頃で、それからすぐにレオンも発症したんだ。レオンはそれからまもなく亡くなった。…ずっとソフィアのことを気にしていた。」
 目をつぶりながらそう吐露した。
 アーサーにとってはあの時期は思い出したくないくらいつらい時期だ。
 「…だから、なの?」
 「え?」
 「だから、私と結婚したの?お兄様が結婚するつもりだった女だったから?」
 それはとても、とても悲しいことだ。何の興味もないが、ただ「兄の結婚する女」だったからだなんて。
 「―――がう…。」
 「え?」
 「違う。そんな理由じゃない。―――レオンは関係ない。」」
 そう、言い切った。
 「じゃぁ、何故?」
 ずっと不思議だったのだ。社交界にさえろくに出ていない自分が侯爵の妻になるだなんて。
 (どこで私のことを知ったの?)
 レオンがその理由であれば納得できるのだ。だが、どうやら関係ないらしい。じゃぁ、何故?そう思うのは必然だろう。
 「…12年前。」
 「え?」
 「―――12年前について、何か覚えていないか??」
 それは、確認とかじゃなかった。アーサー自身覚えてくれているわけないと思っている。ただ、ちょっとした期待はあるけれども。
 「…お、覚えてないですけど。」
 (何かあったかな?―――12年前??)
 どれだけ思い返しても、12年前でひっかかる事柄などなかった。
 はぁ〜と、大きなため息をついた。
 (やっぱり覚えてない、か。)
 二人が会ったのは12年前のドレイン伯爵家所有の森の中だ。野いちごを採っていたソフィアを遭遇したのだ。その時のことをアーサーはくっきりと覚えている。
 あの愛らしい瞳としぐさにアーサーはソフィアに一目ぼれしたからだ。
 だが、ソフィアは覚えてはいなかった。それはそんなに驚くことでもないけど、なんとなく悔しい。本当は自力で思い出してほしい。しかし、そんなことは言ってられないのも事実だ。今を逃すと二度と本当のことを話すことは出来ないだろう。
 「…12年前。私とそなたは会っているんだ。ドレイン伯爵家所有の森の中で。」
 少しだけヒントをやる。
 「森の、なか?」
 「あぁ。」
 少し黙ってみるが、どうやら引っかかるものはないらしい。
 「そなたは乳母らしき女性と森に野いちごを採りに来ていたんだ。そこで」
 「―――あ…。」
 「思い出してくれたか?」
 「えぇ。―――では、あの時の?」
 「そうだ。あの時にそなたに初めて会ったのだ。そして私は…。―――確かにはじめはそなたが次兄が結婚を約束していた女性だから結婚を申し出た。それは認める。」
 「初め、は?」
 「あぁ。そなたの家の事情も知っていたし、兄上への孝行のつもりで。―――だが…。」
 「だが?」
 「だが、そなたがこの家に来たとき。もう兄のことなどどうでも良かった。「兄のため」ではなく、「私のため」に結婚したかったのだ。私自身がそなたを手に入れたかった…。」
 「じゃぁ、どうして?」
 (どうして、あんな風に冷たい態度をしたの?)
 そう問いかけたかった。
 「―――レオンを裏切っているようで…。」
 「え?」
 「そなたは本当ならレオンと結婚する予定だった。」
 「それはっ。」
 ―――それは、そうだが…。
 「…だから、手を出せなかった。相手がレオンじゃなかったら、何てことはなかった。そうでなければとっくに本当の夫婦になっていた。」

 大切な兄が結婚する予定だった女性だから…。

 その眼は何もない空を見つめていた。