「マルヘイユ夫人っ。ソフィアの居室は今どこですか?!」
まだ食堂で朝食をゆっくり食べていたマルヘイユ夫人の元に、アーサーは駆け込んだ。いつもは飄々としているアーサーの慌てぶりに、周りの者たちの視線が驚きに変わった。
「なんですか、侯爵。こんな朝早くから…。」
ナプキンで口を拭う仕草は、いつもと変わらない。
「ソフィアの居室の場所を知りたいんです!!」
「ソフィアさんの?」
「えぇ。―――夫人。貴女私に嘘をつきましたね。」
「嘘、ですか?」
「そうです。ソフィアは出て行ったと言ったではありませんか。でも実際には、この邸でメイドとして働いていた!!」
「さて、私は嘘などついてございませんわ。『奥方様』はいらっしゃらないと言ったのです。ソフィアさんは貴方の奥方ではございませんでしたでしょ?」
そういわれると、アーサーの方も何もいえない。確かにそう言ってはいたが、アーサーが誤解してもそれを解こうとしなかったのもまた事実だった。
「そ、そんなことよりも。そ、ソフィアの…。」
「居室の場所ですわね。―――ですけど、その前に伺います。侯爵はそれをお知りになってどうするおつもりです?」
「そ、そんなの貴女には関係ない!!」
「いいえ、侯爵様。ソフィアさんは今はメイドとしてこの邸で働いているのです。メイドに関する事は私の管轄ですわ。貴方さまがどうなさるおつもりかは私が知っておく必要があると思われませんか?」
至極もっともである。
それでなくてもアーサーはソフィアに対し、(客観的に見ると)ひどい仕打ちをしてきたのだ。マルヘイユ夫人としては心配してしまうのだろう。
「―――ソ、ソフィアは…。」
「ソフィアは?何ですか?」
追い詰めるかのようなマルヘイユ夫人の言葉。
「この際、ハッキリお伺いします。お二人のことを当事者でない私がどうこう言うのは本来なら差し控えるべきなのは分かっております。ですが、このままではソフィアさんが可哀相ですわ。」
「それは貴女には関係のないことだ。」
「えぇ。分かっております。たった今申しましたように。でも、これまでの侯爵のソフィアさんに対する仕打ちには私、呆れを通り越して怒りを感じております。」
「―――そ、それは…。」
「確かに今のこの時代では当たり前のことかもしれません。それでも、奥様を本当に大切にされていた先代をご覧になられて育ったのではありませんか?それなのに、いくら侯爵という地位についているとはいえ、あのようにソフィアさんに冷たくなさることはありませんでしょ?それに、この結婚は何よりも侯爵が望まれたものだと思っておりました。
侯爵の愛情だけを信じてこの邸に嫁いで来たはずのソフィアさんが居たたまれないと思うのも無理はありませんでしょ?これからもこの様な仕打ちしかしないようであれば、いっそのこと放っておいてあげて下さいませ。」
「―――夫婦間のことにまで、口出しをしてほしいと貴女にお願いした覚えはないのですが?」
「…夫婦間、というほどの絆がソフィアさんとの間にあったとは存じませんでしたわ。とにかく、私からはソフィアさんの居室についてお話しするつもりはありません。もし、お知りになりたければご自分でお探しくださいませ。」
マルヘイユ夫人は言いたいことだけ伝えると、すぐに席を立った。アーサーの方はというと、マルヘイユ夫人の言葉に対しぐうの音も出ない様子だ。
何といってもマルヘイユ夫人の言葉は一々至極もっともだったからだ。
(―――これまでは、そうだったかもしれない。だが、これからは違う。)
それを、分かってもらわなければ。―――誰よりも、ソフィア自身に…。
心の中でそう呟くと、アーサーは今度は自分の力でソフィアを探し当てるべく、使用人たちの部屋がある邸の離れへと足を向けた。
******
「ソフィア?!」
邸の離れに位置する使用人たちの部屋。
今は誰もが仕事中で、不在の場所。その一つ一つを確かめていくのだ。
ノックをし、部屋の中の気配を探り、外から呼んでみる。
一つ一つを開けたいのは山々だが、そんな横暴なことはできる筈もなく。ただただ、それを繰り返す。
どれほどの時間を要しただろう。
漸く。
部屋の中に人の気配のするところを見つけた。
この時間。使用人たちは仕事で不在のはずだ。―――ということは…。
アーサーは息を詰めて部屋をノックした。
コンコン。
しばらくの静寂の後。部屋の中から応じる声が聞こえた。
「はい。」
…それは、ずっとずっと聞きたかったソフィアの声だった。
  
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