ソフィアがアーサーの妻の座よりもメイドになる方がいいのだと言う事実をアーサーは、心のどこかでまだ否定したかった。そんな思いを抱えつつ、数週間が過ぎていった。
 アーサーからソフィアの方に会いに行く勇気も出ず、ずるずると時間だけが過ぎていった。

 「―――騎士様…?」
 
 寝室に忘れ物を取りに一度部屋から出たものの朝食後に再び寝室に戻ったアーサーの耳に、そう呟く声が聞こえてきた。
 (―――ソフィア?!)
 呆然と呟いている声だが、まちがいない。―――彼女だ!!
 
 
 「―――ソフィア?!」
 アーサーは、寝室に入った。そこにはアーサーの家族の写真を手に持って振り返っているソフィアの姿があった。
 まだ家族が一緒に生きていて、アーサーがとても幸せだった時代。今でも心のよりどころだと、寝室に写真を置いていたのだ。

 「見たのか?!見てしまったのか?!」  
 そう訊ねることしか出来なかった。
 いや、訊ねると言うよりも、確認する。そんな感じだ。
 
 「…だんな様…。どういう、事、ですの?だんな様と私がずっと待っていた騎士様は…。」
 ―――知られたくなかった。
 何れ話すことになるだろうとは思っていたが、こんなに早くそしてこんな形で知られようとは…。もっと時間が経過して、ソフィアがアーサーを頼りにしてくれるようになったら話そうと思っていた。自分の口から。
 こんな、心の準備さえ出来ていない状態で知られたくはなかった、決して。
 だが写真を見られた以上、話さないわけには行かない。
 
 「―――あぁ、そうだ。ソフィアがずっと待っていたのは、私の次兄、だった。」  
 「―――だから、ですのね。私を無視してきたのは。…さぞ、面白かったでしょう。あなたのお兄様を待ちながらも結局、権力になびくようにあなたと結婚した私を、心の中で軽蔑してらっしゃったんですね!!」
 アーサーの言葉に強く反発するようなソフィアの言葉。

 「それは、違う!!」
 ―――軽蔑?
 そんな事、あるはずないじゃないか。そう、言いたかった。
 それよりも、次兄の言葉を信じて待っていてくれてありがとう。兄もソフィアを迎えに行こうと思っていたんだ。そう、言いたかった。
 ―――あぁ。結婚する前に本当のことを言えていれば・・・。
 少しは変わったのだろうか?
 そう思っても、もう遅い。
 彼女に知られてしまったのだから。
 

  「どこが違うんですの。あなたは私の事を知っていらして、こんなことをされたんですわ。私は、だんな様をもう信じることは出来ませんわ。談話室の改装が終わってからと思っていましたが、今日限りでこの邸を出て行かせていただきます。これ以上、だんな様に軽蔑されるのも無視されるのも、私には耐えられません。」
 怒りに満ちたソフィアの目に、アーサーはまるで雷に打たれたように、立ち止まった。
 「ソフィア!!」
 待ってくれ、という言葉さえ、言わせてはくれない。
 「失礼致します。」
 ソフィアはそう告げると、走る一歩手前の足並みで、アーサーの寝室を後にした。
 ソフィアを呼ぶアーサーの声は、むなしく響くだけだった。


******


 ―――ソフィアが家を出て行く?
 そんなこと、許せるもんか。
 …そう、思った。

 ずっとずっと逃げていた『本当のことを話す。』には、今がちょうどいい機会なのかもしれない。というより、今を逃したら二度と話す機会などないだろう。

 「マルヘイユ夫人。ソフィアの部屋を教えてくれ。」
 
 その言葉に、マルヘイユ夫人は嬉しそうに微笑んだ。


 これで、一歩前進。

 マルヘイユ夫人がそう思ったのかどうかは、アーサーには関係ないことだった。