三ヶ月。
 アーサーは自分の領地をくまなく馬で駆け抜けた。
 
 「アーサー様。こんなに長い間お邸を空けているのはいかがなものですかな。」
 そう古参の家臣がアーサーに進言したのは1度や2度ではない。
 「分かっている。だが、これからしばらく領地を見て回る時間など取れなくなりそうだからな。」
 進言されるたびにアーサーはそう答えていた。
 「それはそうですな。あのような美しい奥方を娶られたのですから…。」
 そんなやりとりも、もう何度も行われていた。
 
 
 ―――ホンとは、そんな奥方から逃げているのだが…。


 自嘲する響きがアーサーの胸のうちに浮かんでくる。
 結婚式の当日。
 ソフィアの美しい花嫁姿は今もアーサーの心の中から色褪せない。何度か貴族の付き合いで結婚式で花嫁を見ることはあったが、その中でも飛びぬけて美しかった。
 …まぁ、多少の贔屓目はあるだろうが。

 (もうそろそろ帰らなければ…。)
 ほんの一週間のつもりで邸を出てきたのである。一週間の間に自分の気持ちを理性で押さえつけてから帰るつもりだった。
 断じて、ソフィアから逃げるつもりで出てきたのではない。

 だが、実際は。
 アーサーは、ソフィアの面影を消すためにこの三ヶ月間。苦しんだ。
 が、結局は努力の甲斐もむなしく、未だ彼女の姿はアーサーの心を捕らえて放さない。
 これ以上は無駄ってことか…。
 アーサーは心の中で呟いた。
 三ヶ月離れていても、結局ソフィアへの気持ちが押さえつけられないのであれば、これからどれだけ経ったとしても同じことだ。

 そう、区切りをつけるのに三ヶ月もの期間が必要だった。



     



 「アーサー。また一人で行くのですか?」
 そう苦言を呈するのは、マルヘイユ夫人だ。
 アーサーがいなかった三ヶ月の間にソフィアとすっかり打ち解けたのか、マルヘイユ夫人の声にはどことなく棘がある。
 「そうですよ、マルヘイユ夫人。今回の招待はどうしても断ることなど出来ませんし、『夫婦で』との断りもないので一人で行くことにしたんです。何か問題でも?」
 アーサーの言葉に、マルヘイユ夫人のこめかみに青筋がたった。
 「普通、こんな場合。特に記載がなくても夫婦で出席するのが筋ってものではありませんか。それはあなただって分かっていらっしゃるでしょ?」
 「―――まぁ、普通は、ね。」
 「それなのにあなたって人は、今まで一度もソフィアさんを連れて招待に応じたことがないではないですか!!―――初めは私も子爵の娘だからってことで、結婚には賛成しなかったんですけど、触れてみれば素敵なお人柄。よくぞ、この方を妻にと望んだあなたを私は今では、感心していますのに…。」
 マルヘイユ夫人の言葉にアーサーは嬉しいようなそうでないような複雑な気持ちだ。
 
 「マルヘイユ夫人のお眼鏡に適うような女性を妻に出来て、私も幸せです。」
 そう返事を返すと、マルヘイユ夫人の青筋がもう一本できる。
 「ですのに、今回の招待にも単独で行くとはどういうことですの?アーサー。お答えなさい。」
 「1に特に『夫婦で』との記載がなかったこと。2に、私はもう子供ではありませんよ、マルヘイユ夫人。自分の事は自分で決められますから。」
 そう答えると、アーサーはまだ何か言いたそうなマルヘイユ夫人を部屋に残し、さっさと邸の前に待たせてある馬車に乗り込んだ。


 「―――何も知らないとは、いい気なものだな。」
 走る馬車の窓から見える街灯を見ながら、そう呟いた。
 誰にも、何も知らせないようにしているのは自分であるはずなのに、あのように言われるとそう言いたくなる。
 (俺だって、出来ることならソフィアを連れて次々と招待に応じたいさ。)
 そう。
 これが、普通の夫婦生活をしているのであれば。
 それこそ、アーサーは嬉々としてソフィアをあちこちのパーティに連れ出していただろう。
 彼女に合うドレスを作り、着飾り、見せびらかしていただろう。




 …それが出来るのであれば、こんなに悩んでなんかいやしない。
 アーサーの思いをよそに、馬車は招待を受けた邸の門を潜り抜けていった。