「ようこそ。シュメール侯爵。」
 執事に招き入れられて玄関をくぐったアーサーを迎えたのは、今回の招待人ゲイド公爵夫妻だ。
 「ひさしぶりだな。アーサー。」
 そう言いながら握手を求めるゲイド公爵ことエドワードの手をがっしりと握り締めると、横にいるケイティの手にそっと口付けをする。
 「ご無沙汰しております。公爵夫人。」
 わざとエドワードのことを無視するような発言に、エドワードはむっとする。
 「オイオイ。招待したのは俺だろ?」
 「招待状にはゲイド『夫妻』の名前が書いてあったぜ。」
 「そうだ。つまり、俺が招待したんだよ。」
 「そうだと分かっていれば…。」
 「そうだと分かっていれば、何だよ?」
 「雲隠れしてたのにって思っただけだ。」
 玄関先でそう言い合う二人にケイティは笑い声を立てた。
 「あなた。もう全員来られたんだし、そろそろ中に入りましょう。」
 輝くばかりのその笑顔に、エドワードはすっとケイティの手をとる。
 「そうだな。こんな馬鹿、相手にしてられないな。―――ってお前、奥方はどうしたんだよ?」
 今になって漸く、アーサーが一人で来ているのに気がついたエドワードだ。
 「『夫婦同伴』とは書いてなかったように思うが?」
 アーサーは、特に気にした風でもなくそう答える。
 「普通、連れてくるだろ?俺は未だ紹介さえしてもらってないんだからな。」
 呆れ顔のエドワードの腕をケイティが無理やり引っ張った。
 「結婚してすぐは、忙しいものなのよ。それより、行かないといけないわ。」
 エドワードはそう促されるまま、ケイティと一緒に奥の部屋へと去って行った。

 (『俺は未だ紹介さえしてもらってないんだからな。』か…。)
 アーサーはため息一つ、つく。
 エドワードの言葉が、アーサーの心の中に小さな傷を作る。
 アーサーがまだ侯爵の位を継ぐ前。
 エドワードとケイティの結婚式に出席したときに、アーサーが結婚するときはいの一番に紹介するようにと約束させられていたのだ。
 だが、結局。
 約束を果たさないまま、結婚をしてしまったのだ。
 ―――ソフィアとの結婚が本物だったら…。
 きっと誰よりも早く、エドワードに紹介していただろう。
 自分の一番大切な人だと。

 そう思うと、なんだか自分で虚しくなってくる。


 自分の思いを振り切るように。
 アーサーは、先程二人が去っていった部屋へと入っていった。



        
 「あら、シュメール侯爵様。」
 「まぁ、お久しぶりですわ。最近はお邸の方に籠もってらっしゃることが多いのではないかと皆で噂をしておりましたの。奥方様を娶られてから全くといっていいほどこういった場に顔を見せられないんですもの。」
 入り口付近。
 部屋のドアをくぐってすぐのところで喋っていたご婦人の団体が目ざとくアーサーを見つけて声をかけてきた。
 そのご婦人の団体の中には、アーサーが侯爵の位を継いだときに、あからさまにアプローチをしてきた者もいた。自分が侯爵夫人になるのが当たり前だといわんばかりに、だ。
 「お久しぶりです。ご婦人方。」
 「あら?あなたのハートを奪われたご夫人がご一緒かと思いましたのよ。」
 「えぇ。妻もこのパーティの参加を希望していたのですが、少し体調を崩しましてね。」
 「まぁ。それはそれは。」
 そういいながら婦人の一団を抜け出してアーサーに一歩近づく女性がいた。アーサーが侯爵の位を継いだときに、あからさまにアプローチをしてきたうちの一人だ。
 「では、今日はお一人ですのね。宜しかったら、私をあの中央までエスコートしていただけませんこと?」
 艶かしい視線をあからさまにアーサーに投げかけると、部屋の中央で社交ダンスをしている方を示した。
 「エレノア子爵令嬢。…申し訳ないが、私は踊りませんので。」
 「まぁ?以前はよく私と踊ってくださったではありませんでした?私の記憶違いかしら?」
 そういいながら、自分のふくよかな胸をアーサーの腕に押し付ける。
 「エレノア嬢。私はもう妻のいる身ですので、踊るとしたら妻と踊ります。それに長い間失礼をしていた人達に挨拶をしに行かねばなりませんのでこれで失礼を…。」
 アーサーはきっぱりと断ると、部屋の右端で固まって話をしている紳士たちの集まりへと足を運んでいった。

 面目をつぶされた形になったエレノアは憮然とした顔のまま、先程自分がいた場所へと戻っていった。
 それを迎えた婦人たちの目はしてやったりという表情だった。