―――結婚初夜。
 そんな言葉が胸の奥で疼いている。
 本当なら、今日正式にアーサーの妻となったソフィアを合法的にも抱ける日。自分の衝動と行動が伴ったとしても誰にも何も言われなくなった記念の日、だった。

 披露宴はとっくの昔に終わっている。
 この邸に留まる者もあればさっさと家路につくものもいる。
 披露宴の間も親戚からの非難の目は常にソフィアに注がれていた。言いたいこともあるだろうに何もいわずただ、非難の目を向けていたのだ。
 (あれだったら、口で非難してくれた方がいい。そうだったなら俺が何とかしてやれるのに。)
 あからさまで無い分、表立って助けてはやれなかった。


 ―――多分、気づいていただろうに。


 よっぽど鈍感でない限り、気づいたであろうあの視線。
 あんな視線に晒すつもりはなかったのだ。それに傷つけるつもりさえ。


 「どういう積もりですか?マルヘイユ夫人??」
 いつもより厳しい声でアーサーは問いかける。
 ここは談話室。
 食堂以外でマルヘイユ夫人と一緒に入れる唯一の空間である。
 「どういう意味ですの?侯爵。」
 「勿論。先程のソフィアに対する態度ですよ。彼女は私の妻になったのだ。あんな風な視線や態度をされる謂れは無いはず。それをちゃんと説明したのに、あなたや他の親戚たちはそれをどう思って聞いていたのです。」
 マルヘイユ夫人は、やや俯き加減に言葉を紡いだ。
 「そうは申しましても、やはり子爵の娘はどこまでいっても子爵の娘ですわ。この侯爵家の嫁としてはふさわしくございません。」
 「それもちゃんと説明したはずです。彼女を妻にと望んだのは私です。だから決して粗略に扱わないようにと。今後はこのことをお忘れないようにお願いします。」
 アーサーの決然とした態度に、それでもマルヘイユ夫人は首肯しない。
 「何か他に問題でも?」
 「えぇ。侯爵がそうお望みであることは私も分かっております。でも、やはり承知できませんわ。―――第一、子爵の娘がこの侯爵家を上手く取り締まれるとは今でも私は思えませんもの。」
 「それはそうです。マルヘイユ夫人。だからこそ、あなたにこのままこの邸にいてくださるようにとお願いしたのです。今はまだ、ソフィアは子爵令嬢としての知識しかありません。この邸を一人で切り盛りすることなど無理でしょう。ですから、あなたが彼女をこの邸の女主人として一人前になるように教育してくださいと言っているのです。お分かりですか?」

 「私が教育、ですか?」
 「そうです。勿論あなたにいつまでもいていただくわけにはいきません。ですから、数ヶ月で彼女を一人前に育てて欲しいのです。」
 真剣なアーサーの瞳にマルヘイユ夫人はしばし、考えるように目を閉じた。

 「―――分かりましたわ。」
 「では、ソフィアに?」
 「それは、彼女しだいですわ。彼女の態度が私の気に障るようであれば、私はお断りさせていただきます。」
 「そうでないのなら?」
 「―――その時は、あなたの望むようにソフィアさんをこの侯爵家の女主人としてふさわしいように教育いたしますわ。」
 
 マルヘイユ夫人はそう言うと、さっさと自室へと帰っていった。




 (―――ったく…。何で)
 そう心の中で愚痴ってしまう。
 ただでさえ、彼女のことを一生抱くつもりはない。そのことだけでも、ソフィアにとってはショックに違いない。だからこそ、この邸でそれ以上の疎外感を感じないように過ごして欲しいのだ。だが、今日のアーサーの親戚の態度を考えてみると―――。


 これから先のこの結婚が、本当にソフィアのためになるのか。
 そう問いかけたくなってしまうアーサーであった。