純白のドレスに身を包み、ソフィアがアーサーのほうへゆっくり歩いてくるのをアーサーは夢のように見ていた。
 (彼女がレオン兄上の想い人でさえなければ…。)
 この期に及んでまだそんな風に思ってしまう。
 
 いつまでも未練がましい自分が嫌になってくるが、それほどソフィアは美しく、また、アーサーの心にひどく訴えてくるのだ。
 ソフィアがアーサーの隣にたどり着くと、神父が成婚の言葉を述べる。
 ソフィアはやや俯き加減でその言葉を黙って聴いていた。アーサーのほうもソフィアの様子が気がかりでどうしても気がそぞろになってくる。

 (嫌、だったんだろうか?無理強いをしてしまったのだろうか?)
 そんな言葉がぽかりと頭に浮かんだ。
 おそらくソフィアとしてはいつまでもレオンのことを待っていたかったのかも知れない。だが、彼女を迎えに行くと約束したレオンはもう亡くなっているのだ。ソフィアの希望を叶える術などない。
 (だからこそ、―――彼女を妻にと迎えたのだ。仕方がないのだ。)
 そう、心の中で呟いた。―――いや、心の中でそう言い訳した、といった方が正しいかもしれない。
 
 (本当はソフィアとの結婚を望んだのは自分自身なのに…。)
 そんな言葉が脳裏に響く。
 
 レオンの事がなければ、多分再会していなかっただろうソフィアの存在。
 探しもしなかったであろう。
 だが、こうして自分の妻として迎え、横に並び立つともう、放したくはない。―――そう思ってしまう。

 (勝手なものだ。)
 自分自身で探し出しもしなかったはずの、淡い初恋でしかなかったはずのソフィアが、今のアーサーにはとても大切に思えるのだから。
 レオンのおかげで見つけ出した初恋の人。
 レオンのおかげで結婚することになった彼女。
 どれを思っても、こうやってソフィアがアーサーの隣に今現実にいるのは、どう考えてもレオンのおかげなのだ。
 それなのに…。

 ―――今でもソフィアの心に棲んでいるであろうレオンの存在が、アーサーの心にふと影を落とす。
 本来なら、結婚するまでの一週間の間に二人の仲を少しでも良くする様にソフィアと二人きりでいる時間をとるべきだったのだ。だが、ソフィアの心に棲んでいるであろうレオンの存在が、アーサーの心にふと影を落としたのだった。
 だからこそ、二人が顔を合わすのは結婚式のときだ。
 そう、心に誓った。
 そしてまさしく今がその時だ。
 だが、俯き加減で自分の横に立っている彼女を見るにつけて、二人の間に立ちはだかるレオンの存在が疎ましく思ってしまう。そしてそう感じる自分がどうしても恥ずかしいのだ。
 
 (彼女がレオン兄上の思い人でさえなければ…。)
 そう思ってしまうのは、罪なのだろうか?


******


 アーサーがそう心の中で問いかける間にも、二人の結婚式は神父の手によって滞りなく進んでいく。

 「アーサー。その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
 神父の言葉に、アーサーは静かに応えた。
 「はい、誓います。」
 神父は続けて言葉を紡ぐ。
 「ソフィア。その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
 それに応えるソフィアの言葉は―――なかった。
 
 
 (?!)
 誰もが一瞬、息を詰まらせた。

 ―――こんな有難いご縁を無駄にする気なのか?!
 ―――たかだか子爵令嬢の癖に、何を考えているの?!

 そんな空気が厳粛なる教会の中に立ち込める。
 一瞬のざわめき。

  「ソフィア嬢?ソフィア嬢?」
 神父がやや慌てたように問いかける。
 それはそうだろう。彼の仕事はこの結婚式を無事執り行うことだ。こんなことは予想だにしなかっただろうから。
 アーサーにとってもそうだった。こんなところでソフィアに拒否をされるなんて予想などしていなかったのだ。
 (嫌、だったんだろうか?無理強いをしてしまったのだろうか?)
 そんな考えが再びアーサーを襲った、ちょうどその時。
 「え、―――あ、はい。誓います。」
 そう小さく応えるソフィアの声が聞こえてきた。
 教会に再び小さな安息が訪れた。
 「では、アーサー=ド=シュメール侯爵とソフィア=ド=シュメール侯爵夫人の誕生をここに宣言いたします。」
 神父は、厳かにこの結婚式の終わりを告げた。