「本当に本気で結婚なさるつもりなの、アーサー?」
 何度この問いを繰り返されただろう。
 アーサーは、親戚の大叔母の方をジロリと睨み付ける。

 「大叔母上。もう式の当日ですよ。その気がないならとっくにソフィアを実家に帰らせていると思いませんか?」
 疑問に対し、疑問を問いかけた。

 この数日。
 マルヘイユ夫人を初め、多くの親戚が、彼の顔を見るたびにそう問いかけるのだ。

 『そんな、こちらにとって何の利もない結婚を選ぶのか?』
 『持参金もないだなんて考えられない。』
 『お前は世の中と言うものが全く分かっていない。もし、彼女を手元に置いておきたいのであれば、愛人という手があるではないか。わざわざ結婚しなくても。』

 そんな言葉が、毎日のようにアーサーの耳元で繰り返された。
 勿論。それだけではない。
 
 召使の間でも今回のこの結婚に対し、疑念が漂っていた。
 
 『侯爵様は本当に何を考えてらっしゃるのでしょう?』
 『こちらに来たときの子爵令嬢の身なりを見て、結婚を考え直されると思ったのに…。』
 『あんな方が私たちの主人として、私たちに命令を下すのよ。なんてことなの?!』
 『高々、子爵令嬢なくせに、このお邸をちゃんと采配なんて出来るのかしら?』


 そんな噂が飛び交っているのも知っていた。
 だが、アーサーはこの結婚を辞めるつもりなどなかった。
 ―――次兄の代わりに彼女を幸せにしてみせる。
 そう誓ったのだ。

 「とにかく、こちらにお越しの皆様。私はソフィア子爵令嬢と本日結婚を致します。もし、その事に不服があるようなら、この結婚式に出ていただかなくて結構です。
 それと、ソフィアは今日から私の妻となります。粗略に扱わないでいただきたい。もし、そうされると仰るなら、今後の親戚づきあいにも大きく影響すると思っていただいてかまいません。」
 そうきっぱりと言い切ったアーサーに大叔母がひどく慌てた。
 「そ、そんな、粗略に扱うだなんて…。」
 「ソフィアと仲良くやってくださると期待させていただきます。」
 アーサーの声が途切れるとともに、執事が叩くドアの音が聞こえた。

 「侯爵様。お時間でございます。」
 「―――分かった。」
 その声を合図にアーサーは部屋から出て行った。親戚たちも、この結婚に対し異論があろうと表面上はそうは出さずに邸の隣にある教会へと向かった。


 ―――とうとう、このときがやって来た。
 アーサーは心のうちでそう呟いた。

 何を思ったところで、教会の牧師の前に立つアーサーの表情はいっぺんの曇りもない。
 ちゃんと自分の想いを封じ、ソフィアに対することが出来るかはっきり行って自信がなかった。だが、それでも。
 アーサーはソフィアを妻に迎えることにしたのだ。
 もし、アーサーがソフィアに対し、プラトニックではなく行動を起こしてしまったとしても、それが次兄に対する裏切り行為として後悔することになろうとも、アーサーはこの結婚に悔いはない。
 そう思ったのだ。


 厳かなパイプオルガンが響く中。
 教会の戸が重々しく開くのを、アーサーはずっと見ていた。
 彼の視界には、純白のウエディングドレスを身にまとったソフィアの姿がはっきりと見えた。