(レオン兄上。これはあなたの悪戯なんですか?―――愛のない結婚をしようとした私への罰なんでしょうか?)
 寝室に戻ったアーサーは家族写真に向かってそう問いかける。
 だがその問いに応える声はなかった。



  ―――形だけの結婚。手を出すことなく、一生不自由なく幸せな生活を送って貰おう。
 そう決めていたはずの結婚相手は自分の想い人なのだ。
 忘れていたわけではない。
 それどころか、あの時の淡い記憶は今でもアーサーの胸のうちにずっとくすぶっていた。
 家族を失ったこの数年。アーサーの心を支えたのは、その淡い記憶なのだ。
 
 この結婚を決断した時、自分の想いを手放した。それは仕方ないと思っていたし、第一、想い人だとは思わなかったからの決断だった。
 手の届かない場所にいるからこそ、諦めもついたのだ。
 だが、今。その彼女は手を伸ばせば届くところにいるのだ。
 自分のものにする事だって出来る。
 しかも、そうしても誰にも非難などされない立場になるのだ。


 (このまま結婚して、彼女と形だけの結婚のままでいられるのだろうか?)
 アーサーの内にくすぶる想いが、そう自分に問いかけてくる。
 否。
 それが、その問いに対する自分の答えだった。
 考えなくても分かるのだ。
 いつか、その誓いを破ってしまうことを。
 いつか、彼女に自分の想いを伝えてしまうことを。

 だが。
 それは、彼女を想い、妻にすることを誓い、願ったまま約束を果たせずに亡くなっていた次兄に対する裏切り行為に当たる。
 誰もそんなことは知らない。
 次兄と生前に約束したわけではない。
 だが、それでも。
 アーサーにとっては次兄に対するこれ以上無い裏切り行為だった。

 (―――いっそ。結婚を取りやめて、彼女を実家に返そうか?お金の工面をしてやれば、子爵の方も文句は言うまい…。)
 そう思ったりもする。そうすれば、彼女は実家へ帰り、もう二度とアーサーの前に姿を現すことはないだろう。
 
 その考えに対する答えもまた、否。だった。


 (そんなことなど出来ようはずがない。彼女は私の想い人であり、私の心の支えだったのだ。―――そのような辱めを受ける謂れはないはずだ。…第一。)
 第一、もしこのまま彼女を返せば、彼女はいずれ他の男の元に嫁ぐことになるのだ。
 アーサーと結婚しなくても、いずれはソフィアも結婚するだろう。
 というより。
 心もとない口約束でずっとレオンを待っていたソフィアの決意にはもう脱帽ものだ。他の女性だったらとっくにそんな約束など見限って他の男の下に嫁いでいただろう。
 
 (―――だが、今回のこの縁談に了承してきたということは。)
 ソフィアの父の思惑に、ソフィア自身が従わざる終えなくなったということだろう。


 その相手として、自分が選ばれたことはいっそ天晴れといってもいいかもしれない。
 ソフィアがこの邸にアーサーの妻になるべくやってきた。
 それは、アーサーにとってこの上ない喜びだ。
 
 ―――たとえ、この想いを伝えることも叶えることも出来ないとしても。
 それでも。
 ソフィアが他の男性の下に嫁ぐことは決してないのだということだから…。



 (それくらいなら…。)
 いっそ、このまま結婚した方が得策だろう。
 そう、思っていたのだ。結婚するまでは―――。