(兄上…。これで、少しは兄上孝行できたでしょうか?)
 寝室にある家族写真を手に、心の中で問いかけた。アーサーの瞳は次兄レオンの上で留まっている。


 大好きだった兄の大切な人。兄の死を知らず兄を待ってずっと結婚さえしていない女性。
 (会った事も、垣間見たこともないが、それでも兄上の愛した女性なのだ。)
 アーサーがドレイン子爵令嬢を結婚相手として選んだのは、彼女がレオンの愛していた人だから、結婚もせずにずっと待っているから、その彼女を幸せに(物質的にだけだとしても)してやりたい。ただそれだけだった。



 レオンが死んで、彼の死が受け入れられた頃。アーサーはドレイン子爵令嬢のことを思い出し、そっと調べさせた。
 没落貴族の長女。
 美しいが少々気の強い女性。
 結婚の申し込みを断り続けている。
 19歳で独身という周りからの非難にも負けずにレオンを待ち続けている。

 それが、アーサーの元に入ったドレイン子爵令嬢の情報だった。

 ―――兄上が迎えに行くまで待っているんだ。

 そう思うと、彼女が不憫でならなかった。と、同時に。それほどレオンを愛してくれた彼女に、まだ見ぬ彼女に憧れの心さえ抱いた。
 (レオン兄上をそれほどまでに愛してくれた人。だから…。―――だからこそ、形だけの結婚でなければならない。)
 真夜中。
 寝室から見上げる夜空にそう誓ったのだった。


******


 「はじめまして。ソフィアと申します。」
 結婚式を数日に控えて、ドレイン子爵令嬢がシュメール侯爵家にやってきた日の初めて話した言葉だった。
 ―――ソフィア?
 その名前に聞き覚えがあった。
 アーサーはその名前に惹かれるままに、視線をソフィアに合わせた。
 (―――あの時の!!)
 大人の女性になっているが、昔の面影が残っていた。
 
 一目で分かった。
 自分の初恋の少女。
 初めて会ったあの時からずっと忘れることの出来なかった少女が、大人の女性として、次兄の想い人として、そこに立っていた。
 
 ―――形だけの結婚。手を出すことなく、一生不自由なく幸せな生活を送って貰おう。
 そう決めた女性なのだった。

 「よく来てくれた。」
 気がついたらアーサーは無愛想な声でそう告げていた。
 その言葉しか言えなかった。
 (―――愛してはいけない。抱くことも許されない。)
 その事実が、アーサーの心を独占する。

 ソフィアと再会するまで、アーサーは自分の恋を諦めていた。
 兄の想い人と結婚する以上、他に愛人を作るわけにはいかない。だからこそ自分の恋心に封印をして、兄の想い人を結婚相手として選んだのだ。自分の幸せなど、本当に考えていなかった。

 だが、その恋する相手が自分の結婚相手として目の前に立っているのだ。なのに、なのに…。
 (愛してはいけない。抱くことも出来ない。こんな近くにいるのに、自分の想いさえ告げられない。―――それをすると兄上を裏切ってしまうことになる。だから、いくら苦しくても自分のこの想いは封印しなきゃいけないんだ。)
 

 「ソフィア。彼女はメグだ。君の身の回りを世話してくれる。何か分からないことがあったら彼女に聞いてくれ。」
 アーサーは、そっけなくそう告げると、ソフィアの前から逃げ出した。



 そう、逃げ出したのだ。
 自分の想いを告げずに済むように―――