「―――じゃなくってソフィアさんって実は結構いろんなことをやってらっしゃった…やってたの?」
 書斎を出たアーサーの耳に入ってきたのは、メイドのそんな言葉だった。
 (ソフィア?―――そんなメイドがいた、か?)
 ふと、考える。
 だが、そんな名前には心当たりはない。これでも侯爵家でずっと育ってきたのだ。メイドの名前など全員覚えている。と、言うことは…。
 (ソフィアなのか?)

 階段の上、二階のソフィアの部屋から聞こえてくる。どうやら、部屋の扉が少し開いているみたいだ。
 「―――う部屋を担当したりしてね。」
 そう応える声が聞こえてくる。…それは、どう聞いてもソフィアの声だ。
 (……ソフィア、が、いるの、か?)
 今朝、出て行ったと聞いたばかりのソフィアが?
 朝ごはんにも降りてこなかったソフィアが?
 (どういうことだ?昨夜出て行ったばかりのソフィアが何故自分の部屋にいるんだ?荷物でも取りに来たのだろうか?)
 二人の会話はよく聞き取れない(というよりも、ソフィアの声が小さいのだが…。)が、でも確かにソフィアがここに居る。
 今が、話をする時かもしれない。
 このまま、実家には帰らず、自分の妻で居てくれるように説得できれば、わざわざ実家にまで行かなくても済むのだ。
 それは、何と素晴らしいアイデアだ!
 そう思い、自分のアイデアにアーサーは飛びついた。

 気づかれないように、アーサーは二階へと続く階段をそっと上っていった。
 (出来たら、あのソフィアと喋っているメイドには席をはずしてもらいたいものだな。)
 そうすれば、心置きなくソフィアと会話が出来るだろう。

 ―――だが、そんな心配などいらない。

 アーサーが一言命じれば、メイドは去っていくに決まっている。
 それこそ、夫婦の話に一介のメイドが口出し出来ようはずがないのだから…。

 アーサーはそんな希望的観測を胸に、一段一段階段を上がっていった。

 二人が居る部屋に着くと、更によく声が聞こえてきた。
 「でも、ソフィアさん。本当にこれらのドレスを置いていかれるんですか?」
 「えぇ。だって、メイドになった私には全くいらないものですもの。だから、私が持っていくのはこのかばんに入るだけなの。」
 
 抜き足、差し足とソフィアを驚かそうとしていたアーサーの下まで、ソフィアの声が聞こえてきた。
 まさに、扉に手をかけた時だった。
 その後。
 カタン、と、何か金属製のものが置かれた音がかすかにした。
 
 
 「この部屋はこれ位でいいかしら?アンさん。」
 「はい。これで大丈夫です。ドレスやアクセサリー類は、部屋の端の小さなクローゼットにしまいこんで、見た目はただの客室に見えますしね。―――次は、だんな様の書斎に参りましょう。」

 そう言って二人が部屋を出てくる気配を感じ、アーサーは慌てて近くの部屋に隠れた。

 (メイドだって?!どういうことだ??)
 そんな話など、聞いていなかった。
 
 今朝のマルヘイユ夫人の様子からしても、ソフィアが出て行ったのは間違いないだろう。
 (いや、待てよ…。)
 『―――奥様は、もういらっしゃいません。』
 彼女はそう言ったのだ。
 (ソフィアが出て行ったとは、言っていない!!)

 つまり、ソフィアはアーサーの妻という地位を捨て、メイドになったと言う訳だ。
 俺の妻で居ることに耐えられなかったっというのか?
 

 それほど、俺は彼女に嫌われているのか…。