「だんな様。お願いがあるのです。」
そうソフィアが言い出したのは、例のパーティから少したった頃だった。
「―――なんだ?」
そう問いかけたアーサーに対し、ソフィアは談話室の模様替えをしたいと言い出したのだ。
(談話室?模様替え??)
その必要性があるのかと、しばし考えるがさっぱり分からない。
アーサーはそれほどあの部屋にいることはないのだが、今のままでも不自由など思ったこともないのだ。
理由を聞くと、ソフィアにとって少しくつろげる雰囲気ではないと遠まわしに言われた。
マルヘイユ夫人の意見を聞き、アーサーはそれを了承することにした。
同日、書斎。
アーサーは夕食のときのソフィアのことを思い出していた。
「まだ、この家に馴染んでいないのだろうか…。」
そんな言葉が口をつく。 この邸の女主人はソフィアなのだ。
それをマルヘイユ夫人は勿論、使用人たちもとっくに了承していると思ったのだが…。
ソフィアはそうは思っていないらしい。
―――談話室の模様替え一つ、俺に相談してくるのか?
それが、他人行儀に思えアーサーはため息をつきたくなる。
(この邸は、まだ彼女の『家』とは思ってないって言うことか?)
悔しくて、思わずマルヘイユ夫人にも話を振ってみたのだ。ソフィアがそんなに遠慮しているのが悔しくて…。
そしてその結果。
ソフィアを傷つけてしまった。
(大人気なかったな…。)
言った瞬間。 後悔した。
彼女を傷つけていることが分かったから…。
自分の言った言葉に彼女がどう反応するのか、目の端でずっと見ていた。
いつもそうだ。 自分の言動が、彼女にどんな影響を与えているのか。
常に、確認せずにはいられない。
そして、傷ついた表情がその瞳に広がったとき。
後悔とともにアーサーの心には別の感情も生まれた。
『嬉しい。』
そう思ってしまったのだ。 自分の言葉で傷つくほど、自分の事を気にしてくれている。
そう、思ったから…。
そう、思えたから…。
(まるで子供だ。)
そう嫌悪する一方で生まれた喜び。
自分の中で相反する思いだ。
彼女を大切にしたい。 そう思う一方で。
彼女を傷つけて、傷つけて。
それによって自分がどれほどソフィアの中で価値があるのか。
どれほど彼女に影響を与えることが出来るのか。
それを確認したい自分もいる。 ―――浅ましい。
本当にそう思う。
…自分から突き放しといて、それでも。
それでも、そんなことをしてしまう自分は本当に浅ましいものだ。
(ソフィアが自分のことを気にしてくれていることに、こんなに喜びを感じるだなんて…。)
そして何よりも。
次兄への自分の誓いをともすれば破ってしまいそうなほど、彼女を思っている自分に嫌気が差す。
でも、それでも。
ソフィアを思う、彼女が欲しいと念ずる自分の気持ちを消し去ることなど出来はしない。
――――――次兄への誓いを知っているのは俺だけだ。
それならいっそ、そんな誓いなど忘れてソフィアを自分のものにしてしまえばいい。誰も文句は言わない。いや、言えやしない。何といっても彼女は俺の妻なのだから…。
そうささやく心の声。
「兄さん。ソフィアを俺のものにしてもいいですか?」
そう呟くアーサーの声に応える者は、もうこの世にはいない。
そこにあるのはただの空間。 それだけだった。
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