「奥様。こちらの家具はどういたしましょう?」
 
 ソフィアとマルヘイユ夫人とで始めた談話室の模様替えだが、1週間もするころには召使たちも進んで手伝うようになっていた。
 それこそ、ソフィアがしなければならないような女主人としての仕事は朝のうちに済ませて、昼にはいつもどおりの仕事とするグループとソフィアたちの談話室の改装に手伝うグループに分かれていた。


 「その家具は…。」
 見ると、そこには電話が乗っており、下の部分はガラス戸で中にはアーサーが使っているチェス盤しか入っていないのだ。しかも作りはとても重厚でソフィアが作ろうとしている談話室にとても合わないのだ。
 (う〜ん…。どうしよう。)
 しばし考える。
 ここにアーサーがいないので、この家具にどんな思い入れがあるかがわからない以上、この部屋からうつしたり、ましてや捨てることなど出来やしない。
 「そうね。電話の下にはレース網の敷物を作ろうかしら。マルヘイユ夫人。あとは、私たちの裁縫道具を下の段に入れたいんだけど、どう思います?」
 「―――そうですわね。いちいち自分の部屋にとりに行くのもあれですもの。その方がいいかも知れませんわ。」
 「えぇ。それに色とりどりの布がチラッと見えれば、この重厚な雰囲気もすこしは和らぐのではと思っていますの。」
 ソフィアの提案に大きくうなづいたマルヘイユ夫人は、召使にそのように指示を与える。

 次は、暖炉だ。
 ソフィアは実はこの暖炉が一番気になっているのだ。部屋の壁の中央にあるこの暖炉。レンガ造りで味も素っ気もないのだ。
 「マルヘイユ夫人。この暖炉、私どうかと思いますの。」
 「そうですか?」
 「はい。暖炉のつくりはまぁ、どこもこんなものなんですけど、それでもどこの家にも多少の飾りつけはしていますでしょ?それなのにこちらの方は全く何もしていませんもの。これじゃ、ただの暖房器具ってだけですわ。もう少し、これ自身に安らぎを感じるような飾りつけなどをしたいと思うのですが…。」
 
 かと言って、先ほどの家具の様にレース網のものを載せたりなどは出来やしない。なんといっても火なのだ。そんなことをすれば火事になってしまう恐れもある。


 「あ、あの…。」
 談話室の改装を手伝っている召使から声が上がった。
 「何かいい案でも、ありますの?アンさん。」
 ソフィアは嬉しそうに微笑んだ。
 「はい。えっと…。」
 何故かやや言いにくそうである。
 「どうしたの?」
 「―――はい、えっと…。私の友人が働いているお屋敷なんですが、そこにはお子様が5人ほどいらっしゃって、その子供たちの写真を所狭しと飾っているって話を聞いたことがありましたので…。」
 「まぁ、写真ですの?」
 名案だと微笑むソフィアだが、子供の話を聞くとやっぱり心なしか暗くなってしまう。


 ずっと12歳のころから恋焦がれていた騎士がいたとはいえ、それを振り切ってアーサーの下に嫁いだのだ。騎士が今迎えにきたところで、アーサーの下にい続けるしかないのだ。
 それを覚悟して嫁いで来たのにもかかわらず、未だアーサーとの仲は進展していない。と言うか、話さえ碌にした事がないのだ。
 ソフィアには騎士と出会うよりもずっと前に実は叶えたい夢があった。
 それは。
 (いつか、幸せな結婚をして、子供を育てる。)
 だが、このまま時を過ごすならば、その夢さえ諦めなければならないかもしれない。
 (子供。産めるのかしら?)
 そんなことすら思ってしまう。


 ―――駄目だわ。こんなに暗いことを考えているようなら…。
      もっと前向きにならなければ…。


 ソフィアはそう自分に言い聞かせると、首を一回しした。
 「でも、写真ってあるんですの?マルヘイユ夫人?」
 ソフィアの方は何枚か写真は持ってきたが、自分の家族だけを飾るわけには行かない。
 というより、アーサーの方の写真を多く飾りたいのだ。

 「写真ねぇ…。―――あったかしら?あまりそんなことをしていたような様子はなかったんだけど…。今晩、アーサーに聞いてみてはいかが?」
 「えぇ。そうですわね。そうしますわ。」
 そう頷くと、ソフィアはこのことは一時保留とする。
 「でも、アンさん。ありがとう。もしだんな様の写真があれば、そうさせて頂くわ。」
 そう素直に礼を言われ、アンの方も嬉しそうに頷いた。

 
 「後は、どの辺をしましょうか?」
 マルヘイユ夫人はあたりを見渡した。余りにも物がないため、かえってどこから手をつけていいのか分からないとばかりにため息をつく。
 「あと、だんな様たちがチェスをする時に使っている椅子の為に、クッションを作りたいと思ってるのですが、どうですか?」
 「クッションを?手作りで?」
 「はい。どうせいろんな針仕事をするんですもの。少しでもだんな様たちが過ごしやすい様な使えるものを作りたいんです。」
 ソフィアの答えに、マルヘイユ夫人はニッコリと笑って見せた。
 「そうですわね。それもいいかもしれないわ。」

 知れば知るほど、この花嫁を選んだ甥の目は確かだったのだとマルヘイユ夫人は思うのだ。
 (でも、あんなに周囲の反対を押し切って結婚したのに…。)
 アーサーのソフィアに対する態度に解せないのだった。