夜。
 相変わらず一人寝が続いているソフィアは、ベッドの中で先の夕食でのアーサーの言葉を思い出していた。
 『談話室が今のままでいけないような理由があるのか?』
 『では、マルヘイユ夫人。あなたの意見を聞こうか?』
 『ソフィア、あなたは今まで同様この邸の女主人としての勤めマルヘイユ夫人より学びながら、その余った時間で談話室の模様替えをするように。勿論、それもマルヘイユ夫人と相談しながらだ。』
 アーサーのそんな一言がソフィアの心に突き刺さる。
 (何故なの?だんな様は一体私に何を求めてらっしゃるの?)
 そんな疑問が結婚当初よりソフィアの心の中に渦巻いている。
 ―――私の事を好いてもいない。だからといって他に愛人がいてその隠れ蓑というわけでもない。ましてや女主人としての手腕を期待されているわけでもない。
 アーサーはこの半年、ほとんどソフィアを気にかけている様子もなかった。それどころかソフィアの存在など初めからなかったように振舞う一方だ。
 (・・・これなら、憎まれている方がよほどマシってものだわ!!)
 それがソフィアの正直な気持ちだ。
 アーサーの中にソフィアの存在など初めからないのだ。ただ何の希望もなく、やりがいもなく過ごすだけの毎日だ。ソフィアに用事のあるときでも大概マルヘイユ夫人経由で知らされるのだ。
 普通ならありえない。完璧な政略結婚をした夫婦でさえ、アーサーとソフィアの関係よりもかなりましだろう。
 アーサーとソフィアの間で個人的な話など成り立った事がない。半年も夫婦でいるのに、だ。
 だからこそ。
 今回の談話室の件がアーサーとの間を少しでも進展してくれる事に、ソフィアは期待しているのだ。


******


 「マルヘイユ夫人。私、この重厚なカーテンを変えたいと思いますの。」
 早速。
 翌日からソフィアはマルヘイユ夫人と共に談話室の模様替えに取り掛かった。勿論、女主人としての仕事を終えてからだ。ちゃんと夕食に関するメニューまで手はずは整えた。
 それこそ新婚当初は女主人としての仕事を終えるのに、夕方一杯一杯まで時間がかかってはいたのだが、最近では昼のお茶の時間には終わるようになっている。
 他の邸ではたまにだんな様と一緒に過ごすこともあるであろうこの時間も、ソフィアは当然のようにマルヘイユ夫人と二人きりなのだ。
 だからか。必然とこの談話室にお茶のこもごもしたものを持ち込んで、お茶をしながら部屋の模様替えについて話をする事にした。
 「重厚…かしら?」
 「えぇ。実は私、この部屋をもう少し開放的な雰囲気に仕上げたいと思っておりますの。」
 「開放的というのは?」
 「これから先、この部屋を使うのが私達とだんな様など、今までのメンバーだけで使うのならいいとは思いますの。このカーテンでも…。でも、今はダメでもいずれはこの家にも子供たちの明るい声が響くようなところにしたいんです。」
 ―――今はダメでも。
 この言葉が、マルヘイユ夫人の心に大きく響いた。
 今現在。
 アーサーとソフィアが床を共にしていない事など、この邸にいる誰もが知っている事だ。そのことが返って、召使たちの同情と共にソフィアに対するアーサーの扱い方への不信感を募らせているのだ。
 結婚当初よりも召使たちがソフィアに対する態度を軟化させた一員でもある。(まぁ、ソフィアの召使一人一人に接する態度がそれを変えた大きな一因ではあるのだが…。)
 だが今はそうでもいつかは…。
 ソフィアが真実そう思っていることを、マルヘイユ夫人は敏感に感じ取った。

 「もし。もし万が一、私とだんな様の間にお子ができる事になれば、その子供が男であれ女であれこの部屋でたくさんの時間を過ごして欲しいと思ってますの。だから、その子達のためにもこの部屋をもっと気軽に仕えるようにしたいんです。」
 そう言いながらソフィアはこの部屋を大きく見渡した。
 もしソフィアの希望をそのまま叶えるなら、この部屋の家具も絨毯も何もかも変えなければならないだろう。
 
 マルヘイユ夫人はしばし、逡巡する。だがそれも長くて5分くらいの事だ。
 「えぇ。そうですわね。私もソフィアさんの意見に賛成だわ。この部屋はもっと開放的な雰囲気に仕上げましょう。明日からはメイド頭にも相談に乗ってもらいましょうか。彼女のセンスは中々ですものね。」

 これで一歩。
 ソフィアは前進できたような気がした。
 まだまだ、アーサーの下まで辿り着くには長い長い時間がかかるだろう。
 だからこそ。
 自分の出来る範囲で、アーサーの心に訴えていければ。
 そう、思ったのだった