「だんな様。お願いがあるのです。」
 
 結婚して半年。
 ソフィアは相変わらずアーサーと床を共にすることもないまま時間だけが過ぎていった。
 それでも、夕食の時間をマルヘイユ夫人とアーサーと三人で摂るようにはなっていた。
 「―――なんだ?」
 大した興味もないように、アーサーが尋ねる。
 「実は、談話室なんですけど・・・。」
 「談話室がどうかしたのか?」
 「はい。談話室の部屋の模様替えをしたいのです。」
 眼をきらめかせて訴えるソフィアに対し、アーサーのほうは冷ややかだ。
 「談話室が今のままでいけないような理由があるのか?」
 「―――そ、それはないですけど…。」
 「では、今のままで。私は今のままの談話室が気に入ってるのだ。」
 「私は気に入ってません!ですから模様替えをしたいのです。」
 そう言い張るソフィアに、アーサーは白い眼を向けた。
 「だんな様はあの部屋で過ごすことはそんなにないではありませんか。あそこで日の大半を過ごすのは私達女ですわ。」
 アーサーはソフィアのその言葉を一考する。
 確かに、あの部屋で大半の時間を過ごすのは女性だ。
 アーサーがそう考えたかどうかは定かではない。
 「――-なるほど。では、マルヘイユ夫人。あなたの意見を聞こうか?」
 「私の、ですか?」
 マルヘイユ夫人の言葉に、アーサーはゆっくりと頷いた。
 「えぇ。あの部屋で時の大半を過ごしているのは、ソフィアの言によるとあなた方二人ということになる。なのでソフィアだけではなく、あなたの意見も聞いてから考慮しようと思ってね。」
 にっこりと笑いかけるアーサーに、マルヘイユ夫人は苦笑を返す。
 「それはそうですけど、ここの女主人はもう私ではありませんのよ?」
 「勿論、知っていますよ。」
 「でしたら、ソフィアの言に従わせさせていただきます。」
 マルヘイユ夫人の言葉に、アーサーが顔をしかめた。
 「マルヘイユ夫人。ソフィアはまだまだあなたの元でこの屋敷の女主人としての行いについて修行中の身。ソフィア一人の意見をそのまま聞き入れるつもりはありません。」
 
 アーサーのその言葉に、ソフィアとマルヘイユ夫人は愕然とずる。
 つまり、それは。ソフィアのことをまだ認めていないということに他ならないからだ。
 
 「どうです。マルヘイユ夫人。あなたの率直な意見をお聞かせ願いますか?」
 アーサーのほうはそんな二人の雰囲気をよそに、着々と食事を進めていった。
 「―――そうですわ、ね。私もソフィアさんの意見に賛成ですわ。…今の談話室もいいのですけれど、少し男性的な感じがします。これから私とソフィアさんのくつろぎの場所となるにはもう少し、女性的なお部屋であったほうが安らげそうですわね。」
 フム。
 アーサーはナイフとフォークの動きをしばし止めてから小さくうなづた。
 「わかりました。では、そのように取り計らおう。―――ソフィア、あなたは今まで同様この邸の女主人としての勤めマルヘイユ夫人より学びながら、その余った時間で談話室の模様替えをするように。勿論、それもマルヘイユ夫人と相談しながらだ。―――何か足らないものや変えたいものがあれば、執事のほうに言うように。そうしたら執事のほうがその手配をしてくれるはずだ。」
 「あの、だんな様?」
 「なんだ?」
 「だんな様は談話室をどういった風になさりたいとか、ご意見はおっしゃらないの?」
 「―――ない。あなたの言だと私があの部屋で過ごすより、あなたとマルヘイユ夫人が過ごす時間のほうが遥かに長いのだ。それなのに私の意見を聞くなどとはばかばかしい。」
 「で、でも!!」
 「その話は終わりだ。――-後はマルヘイユ夫人。頼みましたよ。」
 アーサーはそう断言すると、ナプキンで口元を拭き、席を立った。
 「では、私はまだ書斎で仕事があるので…。」
 そう告げると、後ろを振り返ることなく去っていった。


 「…ソフィアさん…。」
 少し気の毒そうなマルヘイユ夫人の声がだだっ広い食堂に響いた。
 「マルヘイユ夫人。だんな様の許可も出ましたし、明日から早速取り掛かりたいと思ってるのですが、ご都合は大丈夫ですか?」
 
 
 
 この半年。ずっとこんな調子なのだ。
 アーサーはソフィアと必要最低限の話しかしない。はっきり言って、ソフィアがこの邸の人たちの中で一番会話を交わしていないのがアーサーなのだ。
 元来、人懐っこかったソフィアは、はじめは蔑まれながらも、徐々に邸の人たちに女主人、とまではいかなくても、アーサー侯爵の奥方として認められるようになった。
 最近では一日の食事のメニューをマルヘイユ夫人を介さず厨房で働く人たちと相談しながら決めるようになったし、メイド頭と相談して、この邸で働いている人の現状を把握し、適度に休みを取るように日程の調整もするようになってきた。
 夜は夜で、談話室でマルヘイユ夫人と、その日あったこと等に関する意見交換や、裁縫、談笑をするようになった。




 そして、今や彼女のことを認めていないのは、この邸のほかの誰でもない。アーサー自身だけとなったのだ。
 夫婦生活がまったく存在していない二人だが、アーサーに愛人がいる気配もない。
 アーサーが何を考えているのか。自分のことをどう思っているのか。
 そんな疑問が日一日とソフィアの胸のうちに降り積もって行くばかりだった。