結婚式はソフィアの身がシュメール侯爵家に移って一週間後に行われた。
 この結婚式に呼ばれたのは、ソフィアの家族とシュメール侯爵家の極一部の親戚のみだ。普通、シュメール侯爵家位の家系であれば、社交界他で知り合った知人友人を何百人と呼ばれてもおかしくない。

 ソフィアが見ていて、この結婚に乗り気なのはソフィアの家族だけ。シュメール侯爵家の親戚などは、反対に渋い顔をしているのだ。

 「―――誓いますか?」
 物思いにふけっている間に神父が結婚式を進めていたようだ。まるで、ソフィアの同意など気にしないというように…。


 一週間前。
 ソフィアがこの邸に来た日以来の夫アーサーの姿が自分の隣にあるのに、ソフィアは呆れるを通り越し、笑えてくる。
 この一週間。
 ソフィアはそれこそメグ以外の誰とも話をしていない。メグ以外の召使は、『何故、こんな身分の低い子爵令嬢なんかがこの邸の女主人になるのだ?』というように少し遠くから見つめているだけだ。メグの方は必要最低限の会話しかしない。それはソフィアにとってまさに地獄のようだ。ソフィアはいろんな人と話をするのが大好きだ。…それは、喋りすぎだと言っても過言がないほどに。だが、ここではそんな相手もいないのだ。
 (こんな生活、耐えられない!!)
 そう思って何度逃げ出そうかと考えたほどだ。だが、そんな事をすれば、父親に迷惑がかかる。そう思うと逃げ出すことも出来ずに、現在に至っているわけだ。

 「―――嬢?ソフィア嬢?」
 物思いに浸っているソフィアを現実世界に引き戻したのは、結婚式を進行している神父の声だった。
 「え、―――あ、はい。誓います。」
 こんなソフィアの同意も気にしないような結婚式だ。神父の話を聞かずとも、ソフィアの返す言葉は決まっている。はっきり言って誓いの言葉のときにしかソフィアに用事がないことも百も承知なのだから。
 「では、アーサー=ド=シュメール侯爵とソフィア=ド=シュメール侯爵夫人の誕生をここに宣言いたします。」
 神父は、厳かにこの結婚式の終わりを告げた。

 ―――本当に形だけの結婚式。
 
 ソフィアはそう心の中で呟いた。
 本当に形だけの結婚式。そう呼ぶ以外、ソフィアには何の感慨もない出来事だった。これが自分の夢見てきた結婚式だとはどうしても実感できない。
 しかも結婚式が終わっての晩餐会も、閑散としたものだ。一応シュメール侯爵家の親戚も出席したのは出席したのだが、特に会話もなく淡々としている。この頃になると、ソフィアの家族も自分たちが歓迎されていないことに気がついたようだ。
 周りの様子を伺いつつ、静かに食事を食べていた。
 そして誰一人、この邸にとどまらずそそくさと帰っていく。本当に形だけの結婚式だった。


******


 「それでは、奥様。私はこれで。」
 メグは昨夜ソフィアが使っていた部屋でソフィアの身の回りを世話してから、そう言って出で行った。それは結婚する前と同じ部屋・同じシチュエーションだ。
 何も、変わっていない。
 変わったのは、それこそソフィアに対する呼び名、位だろう。
 つまりアーサーは、結婚しても以前と同じ生活をする。―――そういう意思の表れだと、ソフィアは理解していた。

 (何にも、変わらないんだ。)

 わかっていたのに、その事実を突きつけられるとどうしても悲しくなってくる。
 (結婚しても結局同じなのね。)
 そう思うと、自分でもおかしくなってくる。結婚してもしなくても夫に気にしてもらえない妻。それが、今のソフィアだった。

 「いいわっ。そっちがその気なら…。」
 ソフィアは両腕にこぶしを作る。それは、彼女自身の精一杯の反骨精神の表れだ。
 「ま、夫に無視されようとなんだろうと、私はこの館の主の妻なんだわ。」
 その妻がこんなところで負けるもんか。
 そう自分に言い聞かせる。
 
 ―――何があっても絶対、泣くもんか!!
 そう彼女が心に誓ったのもこの時だった。

 その夜。
 ソフィアの元をアーサーが訪れることはなかった。



 ソフィアの本当の意味での戦いが待っているのはこれからだった。