「ソフィアさん。今日からだんな様の寝室の方もお願いします。」
 
 マルヘイユ夫人と出かけてから1ヶ月。ソフィアはメイドとして充実した日々を送っていた。
 大分仕事には慣れたし、少しずつとはいえ、掃除を任される範囲も多くなってきた。
 「はい。分かりました。」
 夫の、いや、ご主人様の寝室の掃除を任されるようになったということは、少しずつ、メイド頭がソフィアの仕事振りを評価したということに他ならず、ソフィアは本当に嬉しく思う。
 (そういえば、この部屋も入ったことって全くないんだわ。)
 改めて思う。
 この邸で、女主人として生活していた頃。どれほど狭い空間で生活をしていたのか、改めて認識してしまう。


 コンコン。
 アーサーがいないことは分かってはいるのだが、一応ノックをしてみる。返事がないのを確認して部屋のドアを開けた。


******
 
  
 ドアを開けたソフィアの目を引いたのは、部屋の中央に置かれているベッドではなく、さんさんと降り注ぐ窓の脇に置かれたテーブルだった。
 カツン。カツン。
 静かな部屋に、ソフィアの靴の音だけが響き渡った。
 「―――写真立て?」
 テーブルの上には、所狭しと写真たてが並べられていた。

 「なんだ。ちゃんと、家族の写真が置いてあるんだ。」
 見ると、産まれたばかりの頃のアーサーの赤ちゃんの写真。
 少し大きくなって、彼の両親と思しき人に抱かれている写真。
 乗馬、フェンシング。そして、甲冑をまとった写真。

 いろんな写真がそこにはある。

 勿論。
 家族の写真も…。


 ソフィアはその家族写真の一つを手に取った。

 「―――だんな様って、お顔立ちはお母さまに似てらっしゃるのだわ。」
 綺麗で優しい目をした女性が微笑んでいるのが見える。
 アーサーと同じ髪の色をし、幸せそうに微笑んでいる。その横には、少しいかつい感じの、だがいい感じに年を取った男性が彼女の腰に手を回している。そしてその周りには、この家の息子たちであろうとおぼしき人物たちが二人を囲むように立っていた。
 本当に幸せそうな構図だった。


 「…え?!」
 6人の家族が幸せそうに並んだ写真。勿論、アーサーも笑っている。
 だが、ソフィアの目を引いたのはそこではなかった。
 アーサーのすぐ隣。アーサーよりも少しきつい視線。どちらかというと、アーサーとは違い、彼らの父親に似たのであろうその容貌は…。

 「―――騎士様…?」
 間違うはずなどなかった。
 この7年。ソフィアは彼が迎えに来るという言葉を信じて、ずっと待っていたのだ。
 
 ―――どういう事?騎士様とだんな様はご兄弟ということ?

 全く容貌が似てない二人。
 だが、お互いがそれぞれの父母であろう人の容姿にそっくりなのだ。


 「―――ソフィア?!」
 大きな音とともに部屋に入ってきたのは、他ならぬアーサーだった。
 その声にびっくりしたように、写真たてがソフィアの手の中から滑り落ちた。

 「見たのか?!見てしまったのか?!」
 アーサーの声にソフィアはゆっくりと振り向いた。
 「…だんな様…。どういう、事、ですの?だんな様と私がずっと待っていた騎士様は…。」
 そうたずねるソフィアを見るアーサーの目に絶望感が走る。
 「―――あぁ、そうだ。ソフィアがずっと待っていたのは、私の次兄、だった。」
 重苦しい空気が、寝室に漂う。
 
 「―――だから、ですのね。私を無視してきたのは。…さぞ、面白かったでしょう。あなたのお兄様を待ちながらも結局、権力になびくようにあなたと結婚した私を、心の中で軽蔑してらっしゃったんですね!!」
 「それは、違う!!」
 「どこが違うんですの。あなたは私の事を知っていらして、こんなことをされたんですわ。私は、だんな様をもう信じることは出来ませんわ。談話室の改装が終わってからと思っていましたが、今日限りでこの邸を出て行かせていただきます。これ以上、だんな様に軽蔑されるのも無視されるのも、私には耐えられません。」
 「ソフィア!!」
 思わずソフィアの手を捕らえるアーサーに、ソフィアは思いっきりその手を振り払った。

 「失礼致します。」
 ソフィアはそう告げると、走る一歩手前の足並みで、アーサーの寝室を後にした。
 ソフィアを呼ぶアーサーの声は、むなしく響くだけだった。



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