カーテンから何から全て特注だった。


 翌日。
 二人きりで買い物に来たソフィアは、その贅沢な思わず目を見張った。
 「あと、クッションはシンプルな柄でお願いね。」
 「はい。かしこまりました。―――お届けなのですが…。」
 「全て揃ってからにして頂戴。どのくらいかかるのかしら?」
 「そうでございますね。数週間ほどお時間をいただければ全て用意出来るかと思います。」
 「そう?じゃぁ、後はよろしくね。」
 「はい。ありがとうございます。」
 

 そんなやり取りがソフィアの目の前で行われていた。
 (さ、さすが侯爵家だ…。)
 思わず感心してしまう。実家では既製品はおろか、全て手作りで賄っていたからだ。
 
 ―――こんな家の女主人なんてやってたんだ、私…。
 
 降りて心底よかったと思う。
 愛されていない上に、これ以上ないくらいの価値観の違い。
 アーサーとはどの道無理だったのだ。


 「さぁ、ソフィアさん。これで全て終了ですよ。ちょっとどこかに入って休んでから帰りましょう。」
 そういうと、マルヘイユ夫人はソフィアの返事を待たずにさっさと近くにある高級そうな喫茶店へと入っていった。
 「いつものをお願いね。」
 場所は個室。
 しかも大通りには面していず、窓から見える町並みが素敵だった。
 「素敵。いつもこんなところへ来てらっしゃるんですか?」
 部屋の豪華さ、綺麗な町並みにソフィアは目を丸くする。
 「そうね。町に来たら大体こちらに寄せてもらってるわ。」
 運ばれてきた紅茶に口をつけつつ、マルヘイユ夫人が返事を返す。
 「さぁ、そんなに周りを見渡してないでソフィアさんもゆっくりお茶をいただきなさいな。」
 マルヘイユ夫人の言葉に、ソフィアはハッとしたように頷くと、向かいの席に座って静かにお茶をいただく事にする。


******


 「実は私、ソフィアさんに訊ねたいことがあるんですのよ。」
 カップを皿に戻し、マルヘイユ夫人は静かにソフィアを見た。
 「―――訊ねたいこと、ですか?」
 不思議そうに問うソフィアにマルヘイユ夫人が真正面からソフィアの瞳を覗き込んだ。
 「えぇ。」
 一息を吐くと、重ねて問う。
 「いつ、シュメール侯爵夫人に戻っていただけるのかしら?」
 「……それは。」
 「ソフィアさんの気持ちも分かるわ。それはもう、分かり過ぎるくらいに。―――でも、いつまでもこのままって訳にはいかないでしょ?」
 マルヘイユ夫人の声が静寂なこの部屋の中で重々しく響いた。

 「マルヘイユ夫人。私はだんな様に離縁していただこうと思っているんです。」
 「なんですって?!」
 「いてもいなくてもいい妻をこれから先、演じていける自信はないんです。それに、私はそのうちシュメール侯爵家を出る事になると思います。私が去った後にだんな様に好きな方が出来ても、私が行方知れずですと結婚さえ出来ないじゃないですか。」
 「それは…。」
 「それに、私も愛し愛されるような結婚生活を送りたいんです。だんな様では一生かけてもそんなことは無理ですから。」

 マルヘイユ夫人はソフィアの言葉に絶句したようだ。
 ソフィアの方も一気に喋りすぎたのか、残りの紅茶を一気に飲み干した。


 「生意気なことを言ってすみません。でも、今のままじゃ、だんな様の人生も不幸なままですから。」
 すまなそうなソフィアの言葉に、マルヘイユ夫人は一呼吸置いてから頷いた。
 「そうね。ソフィアさんの言うとおりだわ。―――ゴメンナサイね。老婆心ながら、やっぱりアーサーの妻にはソフィアさんがいいと思うとどうしてもお節介をやいてしまうみたいなの。」
 「いえ。そういっていただけて本当に嬉しいです。でも、やはり私のような田舎者にはだんな様の奥様にはなれません。」
 「ソフィアさん?!」
 「分かってるんです。結婚式にいらしていた皆さんもそう思っておいでだったことは…。」
 
 マルヘイユ夫人はソフィアの言葉に対し、返す言葉がなかった。確かに自分を含め結婚式当初はシュメール侯爵側に人間が誰しも思ったことなのだから。

 「マルヘイユ夫人。私、談話室の模様替えが終わりましたらお邸を出ようと思っています。」
 「な、そんな早くに?!」
 「はい。早ければ早い方がだんな様のお為になると思いますし…。」
 「ソフィアさん。せめて最低1ヶ月くらいは…。」
 マルヘイユ夫人の言葉にソフィアは首を横に振った。
 「もう、耐えられないんです…。」


 さびしそうにそう話すソフィアに、マルヘイユ夫人は、かける言葉が見つからない。
 仕方ないのだと、諦めるしか方法はなかった。