昼過ぎ。
 一応、仕事として与えられた自分の元寝室だった部屋・書斎・客間と掃除を終えたソフィアは、マルヘイユ夫人の意向で談話室に来ていた。
 「いらっしゃい、ソフィアさん。」
 笑顔で出迎えるマルヘイユ夫人に、ソフィアの方はやや怪訝そうだ。
 「あの…マルヘイユ夫人。これは…。」
 「この部屋の模様替えを言い出したのはソフィアさんですからね。最後までちゃんとやっていただきますよ。」
 ニッコリ笑うマルヘイユ夫人に、ソフィアの方も笑顔で答えた。
 「はい。よろしくお願いします。」
 「えぇ。」



 「カーテンの長さは大体このくらいです。マルヘイユ夫人。」
 マルヘイユ夫人は、アンのその言葉に振り向き頷いた。
 「そうね。じゃぁ、明日にでもカーテンを買いに行きますから、明日の買い物リストに載せておいてちょうだい。」
 マルヘイユ夫人の命でどんどんリストアップされていく。本当ならソフィアが編むはずだった電話を乗せている台の上用のレース網。そして、クッションを数個。
 (―――なんだか…。)
 ここにいる自分が部外者の様な気がしてきた。つい昨日まで率先してやっていた部屋の模様替え。本当なら自分で編むはず、縫うはずだったものが既製品で用意されていくのだ。
 「ソフィアさん?後は暖炉だけですわよ?」
 マルヘイユ夫人の言葉にソフィアはハッと振り向いた。
 (何考えてるの、私ってば!!自分でメイドをやるって言ったくせに…。)
 ソフィアは顔を左右に振ると、マルヘイユ夫人の元へと駆け寄った。
 「あの…。昨日、だんな様にお伺いを致しましたら、写真のことは却下されてしまったんです。なので、植物などを置いたらどうかなと思います。」
 「植物?」
 「はい。例えば、大きく育たない観葉植物や後、サボテンなどを育てたりするのもいいんじゃないかと思うのですが、いかがですか?」
 マルヘイユ夫人はしばし思考する。

 「とりあえず、明日の買い物のときについでに見に行きましょうか?」
 「はい。」
 マルヘイユ夫人の言葉に大きく頷いた。
 

 (ほとんどが、特別発注のものばかり。―――揃うのにどれくらいかかるのかしら?」
 実はソフィアはこの部屋の完成を待ってから、邸を出ようと思っているのだ。出て行くためにはお金が必要なのは本当だ。お金はいる。だが、わざわざこの邸で働かないといけないわけではない。
 ソフィアは実家にいたときに家庭教師の下、かなり勉強をしていた。
 お金のない家ではあったが、
 『女も男も、何かあっても生きていけるように学問を積むべきだ。』
 という、父親の考えで、小さい頃から色々学んできたのだ。
 (だから多分、親戚の伯母様に頼めば何とか就職先を紹介してくださるはず。)
 そう確信していた。
 だが、ソフィアはその道を取らずにこの邸で女中の仕事を選んだのは、一重にこの部屋のことが気にかかっていたのだ。
 マルヘイユ夫人もそのあたりを察してくれたのだろうか。部屋の模様替えに女中になったソフィアを加えてくれた。

 それは、とても嬉しいことだった。



 「マルヘイユ夫人、いらっしゃいますか?」
 そう尋ねてきたのは、この家の執事。
 「えぇ。ここですわよ。どうかしましたか?」
 「だんな様がお呼びでらっしゃいます。至急、マルヘイユ夫人に来るようにと。」
 「―――アーサーが?」
 「はい。かなりお急ぎのご様子でしたが。」」
 「そう。わかったわ。すぐ参ります。」
 そう返事をすると、マルヘイユ夫人はソフィアの方を振り向いた。
 「明日の昼に、今日リストアップしたものを買いに行きますからね。ソフィアさんも一緒に行って下さるかしら?」
 「はい。勿論です。」
 その言葉に満足したように頷くと、マルヘイユ夫人はアーサーのところへと向かう。

 ソフィアは、たとえ既製品になったとはいえこの部屋の模様替えに全てにかかわれることに喜びを感じるのだった。