学校の近くの坂の途中の公園で待つこと20分。
秀樹が走って坂道を登ってくるのが見えた。

「あれ?美奈?」
「ごめんね!今日、グラウンド練習だって知らなくて」
「気にしなくていいって。オレが勝手に行ったんだから」
秀樹の優しい笑顔はホッとする。

「ずいぶん遅かったね」
「あ〜・・・PTAのおばちゃんに捕まって・・・」
ぷっ
「秀樹、おばちゃんにも人気あるもんねぇ!」
秀樹がおばちゃんに絡まれている様子を想像して
大笑いしちゃう。
「そんなに笑うなよ〜」
秀樹は苦笑いだ。

♪キーンコーンカーンコーン

「ヤバッ!もう4時か!」
「あっ、引き止めちゃってごめんね!隆成が早く来いって言ってた!」
「悪いけど、先行くわ」
「うん!頑張ってね」

秀樹が走って行こうとして
なにか思い出したように振り向く。

「今日、紅白戦やるんだ。よかったら後で来いよ!」
「いいの!?ありがと!絶対行くっ!」


教室に戻ると私の分の掃除がキッチリご丁寧に残されていた。
それを適当に済ませて
急いでいつもの川沿いのグラウンドに行く。

「お〜やってるやってる」
土手の上からグラウンドを眺めていると
「美奈ーっ!」
グラウンドの方から呼ばれて
見てみると秀樹が手招きしている。

「なに?」
「我が紅組ベンチにご招待。先生!いいですよね?」
紅組ベンチの隅に座っていた
野球部の顧問に聞いてくれる。
「お〜、その代わり連帯責任な」
「え?いいの?」
「いーのいーの、先生もいいって言ってんじゃん」

そうしているうちに紅組の攻撃が終わってチェンジになった。
秀樹はもちろん、紅組のピッチャーだ。
「勝つように応援してくれな」
「うん、頑張ってね」
そう言って秀樹を送り出したけど・・・はて?

「ねぇ?紅白戦ってそんなに勝ちにこだわるものなの?」
その辺にいた部員に聞いてみた。
「あれですよ」
彼がスコアボードを指差す。
よく見ると上の方の余白に
「長坂ラーメン杯?」
って書いてある。

「勝てばラーメン、負ければ片付けです」
そう言えば、さっき先生が連帯責任とか言ったっけ?
「負ければ片付けって・・・私もっ!?」
「そうだぞー鹿口。みっちり働いてもらうからな〜」
先生がそう言った。
ぞぉぉ〜!

「秀樹ー!」

キャッチャーからの返球を取ろうとしていた秀樹は
私の声に気を取られて
アタマにすこーん!と球を食らった。
「負けたら承知しないからねー!」
もうバレたのか・・・と言うような顔をした秀樹は
了解の意味を込めて
笑顔で右手の親指を立てて見せた。
私も笑顔で同じように親指を立てる。

白組は4番・隆成に打順が回った。
左打席に入った隆成はバットの先端を
センター方向へ高々と上げ
ホームランを予告。
あのお調子者〜!

「おもしろいじゃねぇか」
秀樹がニヤッとして呟く。
「そんなら本気で・・・行くぜ!」
秀樹の渾身のストレートは
ズバッとミットに納まった。

「オ・・・マエ・・・・・・自分のチームの4番にベストピッチ投げてんじゃねぇよ!」
隆成の怒号に
秀樹がペロッと舌を出す。
「自分のチームのエースのベストピッチも打てないようじゃ、ウチの4番も大したことないな」
この秀樹の言葉にますます火がついた隆成は
「そんなに言うなら、絶対打ってやらぁ!!」
ムキになって
それが逆にアダになって
結局、三球三振だった。