海辺の公園から
山側へ続く結構急な坂道沿いには
オシャレなカフェがたくさん並んでる。

その中の一軒に入って
私とケンジさん
向かい合って座ってた。

ちょっとレトロな調度品類。
木製で重厚感のある深い茶色の年季の入ったテーブル。
イスなんかふかふかのひとり掛けソファ!
自然と深く腰を下ろして身をゆだねたくなる。
店内の照明はレトロなランプが各テーブルの上に
天井から吊り下げられてる。
BGMは・・・ジャズ?そのへんはなんかよく分からんけど
時間がゆっくり流れてるような空間・・・。
大人ないい雰囲気やなぁ。
まぁ、ウチのカフェにかなうほどオシャレなとこはないけどなっ!
高級感では負けてるけど!

「なににする?」
「ミルクティで」
私がそう言うと
ケンジさんは店員さんを呼んで
手際よくオーダーしてくれる。

ケンジさん、やっぱり大人やなぁ。
聡とは大違いやわ!
聡なんか自分のんオーダーしたら
あとは知らん顔やねんもん。

「オレの名前、言ってなかったよね?」
そう言いながら
スーツの内ポケットから取り出した名刺を私に差し出す。
横書きの名刺には
“大川電気工業株式会社 工事部 水原謙司”
って書かれてある。
水原さんゆうんか。
ケンジってこんな字書くんや。

「トウコちゃんは?なにトウコ?」
「児島です」
「小さい島?」
「球児の児に島です」
「トウコってどんな字?」
「透明な子。存在感薄そうですよね」
私、苦笑いする。
今まで散々、そう言われてきた。
だから、私はあんまりこの名前が好きじゃない・・・。

「冬生まれ?」
「はい、2月ですけど・・・?」
「早朝?」
「・・・あ、はい」
なんでそんなこと聞くんか分からんかったけど

「冬の早朝の透明な空気のように透き通った心を持ってほしい」
そう言って謙司さん、にっこり笑う。

こんな風に解釈してくれた人、初めてや。
そない思ったら、素敵な名前に思えてきて・・・
心がほわっと温かくなった。
なんか、謙司さんってすごいな・・・。
ホンマにそうなんかな?
今度、お母さんに聞いてみよ・・・。

そんな話をしてる間に運ばれて来てたミルクティのカップに口をつける。
謙司さんはコーヒー。
当然のようにブラックやな。
どこまでも大人やわ・・・。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「あのー・・・ひとつ聞いてもいいですか?」
私、少しためらいがちに聞くと
「いいよ」
快く応じてくれる。

私には関係のないことやけど
関わってしまって気になるあの・・・
志穂さんのこと・・・・・・。

「・・・志穂さんに会いに行ったんですか?」
私のその問いに
謙司さんの顔に一瞬、驚きの色が灯ったけど
口に付けてたコーヒーカップをソーサーに静かに戻しながら
「行ったよ」
素直に答えてくれた。

「ちゃんと・・・話したんですか?」
「話もなにも・・・円満離別だからね」
円満離別・・・?
私が「?」って顔をすると
謙司さんが話し始める。

「志穂は田舎の開業医の箱入り娘で、少しくらい世間を見てみたいってことで家を出る許しをもらったらしいんだ。いずれは戻って医者を継ぐって約束でね」
「志穂さんってお医者さんなんですか?」
「いや、普通にOLしてたよ。医者に婿養子に来てもらうんだってさ」
「それ・・・分かってて付き合ってたんですか?」
「うん、分かってたからドライっていうか・・・フラットな付き合い方ができた」
「それって・・・恋愛ですか?」
思わずそう言ってしまって、慌てて口をつぐむ。

「ハタから見ればそう思うかもしれないけど、オレたちはオレたちなりにちゃんと恋愛してたよ。そういう恋愛の形があってもいいんじゃないかな?」

終わりの見えてる恋愛もアリってこと?
謙司さんくらいの年齢になると
チラつく将来を見やんでいいから逆にラクなんかな?
私にはよく分からんや・・・。
それにしても謙司さん
なに聞いても正面からきちんと答えてくれるな。

「そういえば、志穂が失礼なことを言ったらしいね。なんか怒ってるみたいだったって言ってた」
謙司さんにそう言われて
あの時のことを思い出す。

「だって!あんな大事なこと私に伝言しろって言うし、け・・・水原さんのことロリコン呼ばわりしたんですよ!」
「ロリコン?なんでそんな話に・・・」
謙司さん、軽く吹き出してる。

「志穂さん、私が水原さんの彼女やってずっと勘違いしてて・・・歳聞くもんやから『19です』って言ったら、『ロリコン趣味に走ったのかしら?』とかゆうんですよ!」
私が勢い込むと
「あはははは!志穂らしいな!」
謙司さんが笑った。

「笑うとこですか!?腹立ちませんか??」
「立たないよ。オレの代わりに怒ってくれたんだろ?」

へっ・・・?
そういう解釈なん?

「悪かったね。志穂は少しズレたところがあるのも確かなんだ」

あ・・・それで許せるん?
謙司さん・・・優しすぎる・・・・・・。

こんな人が好きになるような人やから
きっと志穂さんも素敵な人なんやろうな。
それでもやっぱり
謙司さんが志穂さんを好きになる気持ちはよく分からん。

せやけど
志穂さんが謙司さんを好きになる気持ちは
なんかすごい分かる気がした・・・。