「お疲れさまでーす!」

元気よく挨拶してお店に出る。
「透子ちゃん、今日も元気ええなぁ!」
マスターの奥村さんが笑顔でそう言う。
「さすがにマスターの元気には負けます!」
マスターはいつも元気で真冬でも半袖やねん。


私がこのお店でバイトを始めて3ヶ月――
きっかけは失恋やった・・・。

聡にフラれたあの日
失意のどん底に突き落とされた私は
7どこへ行くでもなく街をふらふら歩いてて
ふと
『ブレスフル クリスマス』
っていう看板が目に入った。

「ブレスフルかぁ・・・今の私にはイヤミで残酷な看板やな・・・」

そうぽつりとつぶやいてたけど
なんとなく気になって
緑色の扉を開けて
そのお店に入ってみた。

『ブレスフル クリスマス』
――至福なクリスマス――

確かにその看板の通り
扉を開けた瞬間
ものすごく優しくて暖かい雰囲気が
そして、コーヒーのいい香りが
一気に私を包んだ。
店内を見渡すと、どこを見てもクリスマス・・・。
そんな街中のチャラチャラした感じと違って
たぶん、北欧の家庭のクリスマスをイメージしてるんやと思う。
内装の壁や棚やテーブルは全部木製で
フェルトのサンタさんとか
木でできたトナカイとか
プラスチックのクリスマスツリーとか
たくさんのオーナメントが
そこかしこに置かれてたり
壁や天井からつるされてたりしてる。
お店の入口では私の腰くらいまであるサンタさんの置物が迎えてくれた。
間接照明が明るいでも暗いでもなく・・・うまいこと取り入れられてる。
流れてる曲もクリスマスソング。
浮かれた中にも品があって
すっごい雰囲気のいいお店や・・・。

「いらっしゃい」

しばらくボーっとしてた私に
サンタさんみたいな笑顔のおじさんが
カウンター越しに挨拶してくれる。
時間は夕方5時前。
今は他にお客さん、いてへんみたいや。

「こちらへどうぞ」

そう言って
カウンターのスツールを右手で案内してくれる。

「なににしますか?」
おじさんがオーダーを聞いて来る。
「コーヒー!めっちゃ濃いヤツ!ぶらっくで!!」
勢い込んだ私に
おじさんは少し驚いたように目を丸くしたけど
「かしこまりました」
また優しい笑顔になった。

「お待たせ」
おじさんが私の前にコーヒーを置いてくれる。
コーヒーってこんないい香りするもんやったんや・・・。
改めてそう思わせられるほどの香り。
私、少しゴクッとツバを飲んで・・・
カップに口をつけて、一気に飲もうとすると・・・・・・

「ブハッ!!」

う〜!にがっっ!!
私、ホンマはブラック飲まれへんねん!!

「だっ、大丈夫かいな!?」
おじさんが慌ててタオルを差し出してくれる。
「すいません・・・」
タオルを受け取ってコーヒーを拭く。
「服、シミになってへん?」
「たぶん、大丈夫です・・・」
「ブラックなんか飲まれへんねんやろうなぁゆう気はしたけど、そんな豪快に吹き出すとはなぁ!」
おじさんはあはははと大きな声をあげて笑い出した。
なんかもう恥ずかしすぎるわ・・・。

「ヤケ酒違(ちご)て、ヤケコーヒーか?」

おじさんにそう言われて
思わず、パッと顔を見ると
「図星か・・・」
少しだけ苦笑いをした。

しばらく沈黙が続いた。
私の好きな『そりすべり』が流れてることに気付く。

「それやったら・・・帰ってもらわれへんなぁ」
おじさんが口を開いた。
「ウチの店な、『来た時より少しでも幸せな気持ちが増えて笑顔で帰ってもらう』ってのが理念やねん。そんな顔してたら帰らされへん」
私、今きっと、すごい不幸な顔してるんや・・・。

そんな私におじさんが笑顔で言った。

「せやから、ウチでバイトせぇへん?」