――12月

比較的温暖な地方にあるけど
海と山が背中合わせになってるこの街の冬は
なかなか寒い。
12月の声を聞く頃には
もうぬくぬくのダウンが手放せんようになってる。


お店に入って最初にやるのは
レコードに針を落とすこと。
今どき、店内のBGMがレコードってオシャレやと思わん?

流れる曲は
ルロイ・アンダーソンの『そりすべり』

クリスマスソングでは
この曲がイチバン好き♪
だから、必ず最初にかけるねん。
まぁ、元々はクリスマスソングじゃなかったらしいねんけど
今ではすっかりクリスマスソングや。

どんな曲か分からんって?
クリスマスが近くなったら
CMとか街で流れてるから
絶対知ってる曲やで。
よかったら、ググってみて!


「透子ちゃん、おはよう!」
マスターが奥から出て来た。
「おはようございます!」

この人は私がバイトしてるこのお店
『ブレスフル クリスマス』のマスター・奥村さん。
サンタさんみたいにおおらかで素敵なおじさんやねん。
このお店はクリスマスがコンセプトになってるおしゃれなカフェ☆
一歩お店に入ったら
もう、年がら年中クリスマス。
真夏の暑い時期でも
流れる曲はクリスマスソング。

百貨店やオシャレな有名ブランドのお店もたくさんあるところやから
クリスマスの買い物に来る人も多いし
冬の風物詩になってるイルミネーションもあったりして
今の時期のこの街は1年でイチバンのにぎわいを見せる。


そのおかげか・・・お店の名前のおかげもあるんかな?
このお店も今の時期がイチバン忙しいらしい。
だからってわけでもないねんけど
今月は土日は終日シフト入ってるし
授業のコマが少ない日もほとんどバイト。
しんどそうやと思うやろ?

でも
今の私には・・・
ちょうどありがたかったりするねん・・・。


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今日の授業は3限目だけ。
2限目は休講やった。
せっかく来たのに休講とか
ホンマ、萎えるわ〜。
今どき、携帯メールでお知らせシステム
導入しろっちゅーねんなぁ。

2限目と3限目の間にはお昼休みが入るから
今日はお弁当持って来た。
まだ11時すぎでお昼には早いけど
いい天気やから池の縁にあるベンチに座って
コイを眺めながらお弁当を食べていると
コイが寄って来て、口をパクパクさせてる。

「アンタらが食べれそうなもん、入ってへんで」
私がコイにそう言うと
「アンタ・・・コイに話しかけたりして、なんや寂しいなぁ!」
声の主は友だちのまきちゃん。
いつの間にかナナメ後ろに立って、私を見降ろしてる。
「そうや、私、寂しい子やねん・・・」
「ホンマ、めっちゃ寂しそうやったで。寒いのにこんなとこでお弁当食べてるなんて!」
「ほな、付き合ってぇな」
まきちゃんがふんってひと息ついて
黙って隣に座った。
ふと
まきちゃんの向こうの方に目をやると・・・

うわっ!聡(さとし)や!!

とっさにまきちゃんを盾にして隠れる。

「えっ!なに!?」
ビックリして振り返るまきちゃんに
「シッ!静かにして!」
身をかがめて、声を潜めてそう言った。

私がまきちゃん越しに視線を向けている方へ
まきちゃんも視線を向けて
納得して、ちょっと呆れたようにひとつ息をつく。

聡が絵梨と楽しそうに話しながら
クラブハウスの方に歩いていく・・・。
腕なんか組んで・・・
ホンマやったら、私があの場所におるはずやったのに・・・。
って・・・まだあんなヤツに未練あるんか?
私・・・。

「アンタ、まだあんなヤツのこと引きずってるん?」
聡と絵梨が行ってしまったのを確認して
私が今思ってたのと同じことをまきちゃんが言った。
「そんなことないて、自分では思ってるねんけど・・・」
「っていうか、なんでアンタが隠れなアカンのん?悪いのはあっちやん!全然悪びれんと、堂々といちゃつきやがって!あのカス!!」
まきちゃんはめっちゃ男勝りな子で・・・怒らせたらかなり怖い・・・。
「まきちゃん・・・落ち着いて」
私は苦笑いしながら、まきちゃんをなだめる。
「落ち着いてて!アンタのことやで!?」
そう、まきちゃんは私のために怒ってくれてる・・・。

聡は3ヶ月前まで私の彼氏やった・・・。

去年の4月
入学してすぐのオリエンテーションの時
隣に座ってた聡が声かけてきた。
その時はそれで終わってんけど
入ったサークルがたまたま同じで
なんか気が合うから、仲良くなってんよな。
気付いたら聡のこと意識するようになってて・・・
去年のクリスマス前にコクろう思てたら
逆に聡にコクられてん。
それから付き合うことになってんけど
4月に後輩が入ってきて・・・
聡にやたら懐いてる女の子がおった。
それがさっきの絵梨。
聡、アホやからもうデレデレで見てれんかったわ。
そのうち、聡の様子がおかしくなってきて
3ヶ月前
「好きな子できた」
とか言われて、私がフラれてん・・・。
それからすぐ、聡と絵梨が付き合い始めた。
私、ツラくてサークルやめた・・・。

うわさによると絵梨は高校のころから男とっかえひっかえしてたらしい。
確かに絵梨はかわいくて男にモテるタイプや。
聡もビジュアルはまぁええ方やし
絵梨の餌食にはちょうどよかったんやろうな。
あの2人、いつまで続くやろ?

・・・なんて!
私にはどうだっていいやん!
もう終わったことや!!
そう思って、アタマをぶんぶん振る。

「いきなりどないしたん!?気がふれた??」
まきちゃんが驚いてる。
「あ・・・ごめん」

そんな私をまきちゃんがしばらく黙って見詰めて・・・
「失恋忘れるには新しい恋がイチバンや!あたしが合コンセッティングしたるわ!」
バッと立ち上がって、宣言した。
手がグーになって、めちゃくちゃ気合が入ってる様子や。

「あの・・・せっかくやけど、私まだそういう気分にはなられへん・・・」
引きずってるわけと違う。って自分では言い聞かせてるけど
やっぱりまだ誰かを好きになるとかそういうことは考えられへん・・・。

「そうかぁ・・・そうやな!でも、その気になったらいつでも言いや!」
「うん、ありがとう」

まきちゃん、ホンマ男前やわ〜。
まきちゃんが男の子やったら
絶対彼女にしてもらうのにな・・・。