「ねぇ、孝也くん。どこに行くの?」
 行き先も教えてもらえず孝也の車に乗せられた玲は、不思議そうに問いかけた。
 「勿論、朝出したクイズの答えがあるところだよ」
 いつも家族で出かける時に使用するワンボックスカーではなく、普通の乗用車である。この車は外車ではなく、国産車だ。しかもお世辞にも上級クラスの物でもない。
 孝也は、玲と二人で出かける時はいつもこの国産車を称するのだ。
 『俺の稼いだお金で買った、初めての車なんだ」
 まだ婚約したばかりのころのにそういった孝也の誇らしげな顔を玲は忘れていない。
 そして高級車を乗ることも外車を買うことも出来る収入を得ている現在でも、孝也はこの車を手放すことはなかった。
 (いつまでも変わらないのね)
 そんな孝也を玲は誇らしく感じるのだ。贅沢な生活を許される地位にありながらもそれに浸ることはなく、一般人と同じ金銭感覚を持ち合わせているのを素敵だと思うのだ。
 車がどんどん郊外に進んでいる。いつもは多くの店が立ち並ぶ方向へ連れて行かれることが多いのだが、今日はどうやら違うようだ。

 (―――この道は…。)
 孝也が玲をどこに連れて行こうとしているのかを理解できたのは、目的地に着く10分前だった。
 ここに来るのは毎年、祖母の家に寄ってからだ。
 如月の家で祖母を乗せ祖母が両手いっぱいに花を抱き、そして供える。
 目的地は玲の父母が眠る如月家の墓だ。
 「どうして?」
 そんな疑問が口をついて出る。何故なら今日は玲の父母命日でも月命日でもないからだ。
 広大な墓地の片隅に車を注射させ、孝也はトランクを開けた。
 「ほら、行くよ?」
 さりげなく孝也は用意をしていた花束を右肩の掲げ、玲に左手を差し出した。玲は自然に右手を絡める。
 
 二人は特に何も語らず、静かに進んでいく。ぎゅっと繋がれた手の平だけで会話は十分なのかもしれない。


 如月家の墓石の前まだやってくると、孝也は玲の手を放すと屈んで右手に持っていた花束を供えて、そして神妙な顔をしてそっと手を合わせた。

 「お義父さん、お義母さん。はじめてお会いしてから今日でちょうど丸8年になります。あの時にお約束したように精一杯娘さんを大切にしてきたつもりです。それでもお義父さん、お義母さんが玲を大切にしてしていたお心には遠く及ばないかもしれません。それでも、これからも玲を私に託していただけるように精一杯玲と努力していきます。どうぞ、玲と私、そして、私達二人の間に生まれた一輝と妃那の成長を見守っていただきますようお願いいたします。」

 その姿を玲はやや後ろで見守っている。
 今日が何の日か?
 その答えが玲にはもう分かっている。
 
 「今日、二度目の婚約をした日だったのね。」
 背中から聞こえてきた玲のつぶやきに、孝也は立ち上がると玲をゆっくりとした動作で抱きしめた。

 「いや、今日は玲の両親に婚約の許可を頂いた日だよ。お会いすることはなかったけど、それでも俺が知らない玲を精一杯愛してくれたご両親だ。初めてこちらにお邪魔に来た時に玲を幸せにすると誓ったんだ。
 玲、俺のお嫁さんになって幸せに過ごしてくれているかい?」
 「えぇ。孝也くんは勿論、お義父さま、お義母さま、そして一輝と妃那。たくさんの人にたくさんの幸せに包まれているはわ。」


 玲の幸せな言葉は、今は亡き玲の両親にもきっと届いていることだろう。
 夕陽が沈むまで、二人は玲の両親の眠るその場所に佇んでいた。 



                                               〜Fin〜