「玲ちゃん・・・。ごめん。」
 ―――幼馴染の山本 翼と婚約して2年。それが玲の初恋の終止符だった。

 今朝、翼に呼び出された玲は、開口一番そう言って頭を下げられたのだ。
 翼の話によると、半年前より尾上財閥の社長の妹「尾上 美咲」と付き合っていた翼は、「Kisaragiコンツェルン」の傘下であるという理由で二人の仲を反対されていた為に、公表できずにいた。
 だが今回、彼女の婚約の話が浮上したため、二人で話し合い駆け落ちを決行することになったのである。そしてその前に、いなくなる前に玲にだけは事実を話して謝りたいと思い、玲を呼び出したのである。
 「・・・どこか行くところはある・・の?」
 玲はやっとの思いでそうつぶやいた。「自分のことより人のこと」をすぐ考えてしまう玲らしいセリフだと、玲とともに呼び出された孝也はそう思った。
 本当であれば、この半年間ずっと翼に裏切られ続けていたのだから、泣き喚いても非難されないのに・・・。
 そう思いながら二人を見つめていた孝也自身も、この翼の突然の婚約破棄と駆け落ちには本当に驚いたクチだ。
 玲がずっと翼を思い続けていたことに、孝也は気づいていた。
 そして、翼も同じ気持ちだと疑いもしなかった。 そもそも孝也が玲と知り合ったのは、翼の紹介であった。
 『幼馴染で、大切な子なんだ。』
 そう言った翼の言葉を信じていたのだ。だからこそだまって二人を見続けていたというのに・・・。
 (多分三人ともこんな結末を決して望んではいなかった・・・。)
 そう思うと、孝也は翼のした行動に反感を覚える。
 いま、思いっきり殴ってやりたい衝動を抑えている孝也の視界に一歩、翼の方へ歩み寄る玲の少し震える肩が眼に入った。
 「・・・お兄様、私の別荘を使ってください。」
 そう言って首にかけたロザリオと一緒にかかっている別荘の鍵を翼の手のひらに乗せた。
 「―――れ・・いちゃ・・・ん。」
 信じられないような翼の反応に、玲は少し微笑んだ。
 「婚約を破棄したのなら、私はお兄様の幼馴染だもん。お兄様が苦しんでいるのを見過ごせないもん。」
 玲はそう言って翼の手に鍵を押し付けると、 「美咲さんが待ってるから急いで」 と、翼を急かした。
  「ごめん・・。―――ありがとう。」
 孝也と玲の視界から、何度もこちらを振り向きながら走り去っていく翼の後姿が消えた。

 「―――んで、どうするの?」
 翼の姿が完全に消えてから、孝也は玲にポツリ、と問いかけた。
 その孝也のセリフに玲の肩がぴくんっと揺れた。
 「・・・どう、しようか・・・な・・。」
 そうつぶやいた玲の瞳には大きな涙が浮かんでいた。
 一人静かに、たった今終止符を打たれた初恋に涙していたのだ。
 「・・・ばかだ、アンタも・・・。」
 そう言って静かに玲の涙を拭うと、孝也は静かに玲の肩を抱き寄せた。
 「・・・・うっ・・。」
 そう声を押し殺して泣く玲の肩を、孝也は静かにさすってやる。
 「―――一緒に考えよう。」
 何度も優しく玲の背中をさすりながら、玲の耳にそうつぶやいた。

 一週間後、玲と翼は婚約発表を正式にする予定だったのだ。だがこうなった以上事実をそのまま発表するわけには行かない。 もしそうなるとメディアとそして何より「Kisaragiコンツェルン」に大きな旋風を巻き起こすことになる。 そして何よりも、Kisaragiコンツェルンの傘下である翼の父親の会社が、Kisaragiコンツェルン総帥、如月 カヤノの怒りを買うことは必至だ。そんなことはさせられない。
 そのためにも、何とかしなければならないことは、孝也にも玲にもわかっていた。
 どれくらいたったころだろうか。 優しく玲の背中を撫でていた孝也の手がその動作を止めた。
 「・・・俺が、代わりになろうか?」
 「―――え?」
 玲はその言葉に孝也の胸から顔を上げ、孝也の顔を振り仰いだ。
 「だ、か、ら。俺が如月の婚約者になったことにしたらいいと思わない?」
 もう一度、今度はゆっくりとつぶやいた。
 「・・・・で、でもっ。孝也くんにそんな迷惑かけられないよ!! だって婚約だよ? 普通のことと違うんだから!!」
 「でも、それは如月のせいじゃないでしょ? それにしばらくしてから婚約を解消すればいいんだし。」
 「―――でもでもっ。」
 「じゃぁ、さ。何か他にいい案があるわけ?如月は??」
 ないんでしょ?と言わんばかりの孝也に、玲は最後には頷くしかなかった。
 「―――お願いします。孝也くん・・・。」
 その玲の素直なセリフに、孝也は嬉しそうに笑った。  

                            TOPNEXT