夜9時。
 暁は再び、穂乃香のマンションの前に来ていた。
 穂乃香が藤原と二人で定時退社して以来、仕事が全く手につかないのだ。
 
 (遅い。遅すぎる…。)
 まさか穂乃香があっさり藤原とどうこうなるとは思わない。だが、金曜日の晩の自分の態度…。
 (あれは、そんな簡単に許されるようなことではない、な。)
 そう思うとますます落ち込んでくる。
 今日だって仕事中に一度も、穂乃香と視線が合わなかった。
 (というより、視線を合わせてくれなかったもんな。)
 いつもなら、時たま自分に視線を合わせては嬉しそうに微笑んでくれるのだ。
 勿論、そう頻繁ではない。―――だが…。
 (それでも、時折でも視線は…。合っていたのだ。)
 今日視線が合うというのは、穂乃香に告白しようとしている(であろう)藤原ばかり。
 時折、穂乃香の様子をそれとなく見ていると、何回かに一回は藤原のほうも穂乃香を見ている。
 
 ―――金曜日の出来事を、まるっと消してしまうことが出来たなら…。
 そうこの4日間、毎日思っている。
 もし、金曜日にあんなことがなければ、面と向かって
 『藤原と二人きりで会わないように』
 そう告げることが出来ていたのに…。
 それを言えなくさせたのは、他でもない、自分の行動のせいなのだ。気持ちがはやるあまり、穂乃香の気持ちなど考えずに事に及ぼうとした。
 あのまま、自分の欲望のまま穂乃香を抱いていれば―――穂乃香はその時きっと、恐怖しか感じないことになっていたはずだ。あれは、恋人たちの営みなんかじゃない。ただの…暴力でしかなかっただろう…。
 
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