ずっと、橘のこと見てたんだ。俺と付き合ってくれないか?」
そう告白されたのは4年前の高校3年生の夏だった。
大好きだった高校の同級生、高志からの告白にちょっと戸惑った穂乃香だったけど、思い切って頷いたのはそれから一ヵ月後。
お互い受験前の大事な時期。
二人は夏期講習の合間を見て、花火にも行った。
―――穂乃香のファーストキスも、この時の大切な思い出だった。
そんな幸せな時間がずっと続くと、そう思っていた。
*****
「ねぇ、穂乃香。今夜飲みに行かない?」
親友の小山真紀にそう誘われたのは、穏やかな昼休みが終わる少し前だった。真紀とは高校時代からの付き合いで、たまたま同じ会社の同じ課に配属されたのだ。
こんな偶然があるんだねと、二人で笑い飛ばしたものだ。
「え?今日?」
真紀がこんなに突然に誘うことなど滅多になく、(しかも今日は金曜日だ)穂乃香は思わず聞き返してしまう。
「―――う、うん…。」
穂乃香の問いかけに、真紀は歯切れの悪い返事をする。真紀とはかれこれ7年ほど付き合っているが、こんな風に返事をすることなど一度もなかった。
「どうしたのよ、真紀?―――何か心配事でもあるの?」
「ううん。そうじゃないけど、さ。」
またしても真紀らしくない返事が返ってくる。
「何よ、どうしたの?まさかまた清水君と喧嘩したとか?」
「違うわよ!!それにまたって何よ!!亮と喧嘩したって穂乃香に泣きついたのは1回だけじゃない!!」
「やっと真紀らしくなったじゃん?」
そう言ってからからと笑う穂乃香に真紀も苦笑を返す。もう社会人になってるというのに、高校時代から変わらない自分たちのやり取りに苦笑を返すしかない、というところだろうか……。
真紀はふぅと大きなため息を吐くと、今度は話題を変えるために社員食堂の中を見渡した。穂乃香のほうも真紀と同じように社員食堂の中央の方に視線を向ける。
「―――ねぇ、前から思ってたんだけど、越野課長ってカッコいいよね?」
「へ?か、課長?」
突然の真紀の言葉に、穂乃香はびっくりしたように聞き返した。
「そ、越野課長。―――いい男と思わない?世間一般的に。」
穂乃香は見渡していた焦点を、部下たちと楽しそうに話している越野に合わせた。
(たしかに、顔は整っていると思うけど…。)
「モチロン、好き嫌いは別にしてよ?」
真剣に考えている穂乃香に真紀はくすっと笑う。
「仕事も出来て、人柄もいい。その上容姿まで整っていて、彼が声を荒らげるところを未だかつて見たことがない。これをいい男って呼ばなきゃ、誰を呼ぶの
って感じじゃない?」
―――いつもそうだ
真紀は何かと言うと、課長の越野を褒めている。
「ねぇ、それって、清水君より課長の方がいいって言ってるみたいに聞こえるよ?」
越野のことをあんまり快く思っていない穂乃香はため息と共にそう問い返した。
(―――どう見たって胡散臭いじゃん。)
それが穂乃香の越野に対する感想だ。
因みに親友の真紀にさえ言っていないが、
(―――だって、ね。誰にでも優しいとか、声を荒らげているところを見たことがないって、普通じゃなくない?)
とさえ思っていたりする。
「あくまで、『世間一般的に』よ。私の亮は、越野課長みたいにいい男じゃないけど、私にとっては一番なの!!」
そう力説する真紀に、穂乃香は笑いを返す。
「はいはい。知ってますよ〜だ。」
からかわれただけだと分かった真紀は、今度は顔を真っ赤にして俯いた。二人は付き合い初めて2年だが、まだまだ初々しい反応を返す真紀に穂乃香はうれしく思う。もともと亮は穂乃香の彼である高志の紹介で知り合ったのだ。
二人の縁結びをした穂乃香としてもうれしい限りだ。
「で?」
「で?って?」
「真紀がこんなにいきなり飲みに行こうって言った理由よ。―――今までそんなこと一回もなかったでしょ?」
「……うん…。」
「何よ、言いにくいこと?」
「―――そういう訳じゃないけど…。」
そう言いつつも、言いにくそうな真紀に穂乃香は怪訝そうな表情を返す。
「…会社じゃ言いづらいこと?」
真紀は否定も肯定もしない。だが長年付き合ってきた穂乃香には分かる。真紀が否定をしない=肯定であることを…。
「分かったわ。じゃぁ、今日の夕方にちゃんと教えてね。」
そう話す穂乃香の視線の先に、食器を片付け、食堂を跡にしようとする人々の姿が映った。
昼休みの終了だ。
穂乃香も真紀も他の人に倣って食堂を後にした。
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