―――ソフィア。どうか待ってて下さい。近い将来、あなたを迎えに参ります。
 ―――はい。騎士様。いつまでもいつまでも、あなたが私を攫いに来てくださることを信じています。
 そう誓い合ったのは、満月の下。彼女の父の所有する森の中だった。


 そんな約束がなされて7年。彼が迎えに来ることも、ましてや手紙一枚届くこともなかった。
 夢見る少女だったソフィアも適齢期がすぎ、19歳の夏を迎えていた。
 


 
 「ソフィアや。お前の結婚がとうとう決まったぞ。」
 そう言ってソフィアの部屋に駆け込んできたのは、ソフィアの父であるドレイン伯だった。
 「え?なんですって?!」
 「お前の結婚が決まったんだよ、ソフィア。」
 「で、でも…。私は持参金も用意できないのに、どうやって…。」
 この時代。
 貴族が嫁ぐ際には持参金を用意するのが通例である。ソフィアの父、ドレインは一応子爵の位をいただいているが、はっきり言って没落貴族。そんなお金を用意できるとは思わない。
 だからこそ、7年前に交わした騎士が約束どおりに迎えに来てくれるのを毎年、心待ちに待っていられたのもある。
 「そ、それが喜べ!あちらさんは持参金は要らない。ただ、ソフィアが嫁に来てくれるだけで良いと言っているのだ。」
 「で、でも…。」
 ソフィアが躊躇する。本来であれば適齢期を過ぎた年齢で、結婚を申し込んでもらえるだけでもありがたい。ましてや、持参金も要らないといってくれているのだ。ソフィアにとって悪い話ではない。
 だが…。
 「―――お父様。そのお話、ありがたいんですが、お断りしてください。」
 「何故だ?これほどいい話は他にないんだぞ?」
 「そうなんですが…。」
 「ソフィア。お前が例の騎士殿を待っていることは知っている。だから今まで無理に結婚を薦めたりしなかっただろう?」
 「だったら!!」
 「お前もいい加減大人になるんだ。お前が言っている騎士は、あれから7年も経っているんだぞ。その間に手紙があったのか?何か言ってきたのか?」
 「―――そ、それは…。」
 「つまり、その騎士殿は、お前との約束を忘れたのか、或いはどこかでのたれ死んだのか、そのどちらかに違いない。それにもうお前は19歳。いつまでも来ない騎士殿を待っているわけにはいかないのだよ。持参金は要らないといってくれているんだ。しかも、相手は誰だと思う?侯爵だぞ、侯爵!!」
 「お父様。こんな没落貴族相手にに持参金なしで嫁にって言ってるですって?しかも侯爵って、ありえないわっ。お父様、騙されているのよっ。」
 ソフィアの言葉に、ドレイン子爵はあきれた顔でソフィアを見返した。
 「―――ソフィア。私は侯爵をよく知っているが、そんな人間ではないのだよ。3人の兄君が亡くなって仕方なく侯爵の地位についたんだが、人柄は折り紙つきだ。」
 ドレイン子爵はそう笑い飛ばすと、さらに畳み掛けた。
 「ソフィア。今回ばかりはお前の好きにさせることは出来ない。もし子供がお前一人であれば少々適齢期を過ぎようと好きにさせている。だが、ベスはどうなる?」
 ソフィアははっと顔を上げた。
 「お前が結婚しない限り、ベスを嫁に出すことは難しいのだよ。わかってはくれまいか?」
 ベスのことを言われると、ソフィアのほうも反論できない。ベス―――エリザベスは、今14歳。そろそろ、結婚に向けて準備をする年齢に差し掛かっているのだ。
 ソフィアが迎えに来るとも分からない騎士を待っていることによって、エリザベスまで結婚適齢期を逃すことになるかもしれないのだ。この時代。まだまだ上から嫁ぐというのが普通なのだ。
 (それに、一人分なら…。)
 持参金を二人分用意することなど、このドレイン家には難しいだろう。だが、ソフィアが持参金なしで嫁にいきさえすれば、エリザベスの分くらいなら、きっとドレイン家でも用意が出来るはず。
 「―――わかりました…。―――お父様。私その、なんとか侯爵家に嫁ぎます。」
 いつ約束を守って迎えに来てくれる(いや、来てくれるかどうかも定かではない)騎士を待っている余裕など、このドレイン家にはないのだ。


 ―――エリザベスのため。
 そう言われると、ソフィアのほうも折れるしかない。
 ソフィアにとってエリザベスは可愛いたった一人の妹なのだから…。



 ソフィアが了承して半月後。
 ソフィアは侯爵家へと嫁ぐことになる。