あたしの捻挫は全治3週間。
数日は絶対安静だって言われた。
もちろん、毎週のように組まれてる練習試合にも当分出られない・・・。


「うわーん!バレーできないなんて、死にそうだよ〜!!」
「今さらなに言ってんのよ?何日も部活休んでたんだってね?その間、バレーしてなくてもピンピンしてんじゃない」
なちが真顔でそう言った。
最近のなちはすごく冷ややかだ・・・。

「あの・・・なっちゃん?真顔、怖いんですけど・・・」
あたし、恐る恐る苦笑いしながらそう言うと
なちがあたしを流し目で見る。
余計に・・・怖い・・・・・・。

「なんでアンタなのよ?」
「へ?」
「なんで久須美先輩がアンタみたいな男女にホレんのよ!?」
「いや〜・・・それはあたしも未だに不思議なんだけど・・・」
「久須美先輩、趣味悪すぎるよ〜!!」
なちがガバッと机に突っ伏す。

なち・・・
あたしも最初はそう思ったけど
さすがに人に言われると傷付いちゃうぞ・・・。

「私は・・・久須美先輩、見る目あるって思うよ♪」
「どこがっ!?」
まどかのセリフに
さっきとは逆に身体をガバッと起こしたなちと
思わずあたしまで発した声がハモる。

「あやちゃんって確かに男の子っぽいけど、いつも明るくて元気じゃない。そういうとこ、すごく女の子として魅力的だし、きっと先輩はそんなあやちゃんだから好きになってくれたんだと思う」

そういえば・・・
最初に好きだって言ってくれた時
そんなこと言ってたような・・・・・・。

「まどかぁ〜・・・そう言ってくれるの、アンタだけだよぉ〜」
涙目になりながら
あたしの前の席に腰掛けてるまどかに
机越しに抱きつく。
「ほら、こういうところもかわいいでしょ?」
まどかがあたしのアタマをなでながらなちに言った。
「ぜんっぜん!」
あたしたちの傍らに立っているなちは
思いっきりそっぽを向く。

「でも・・・」
なちがまたちろっと横目でこっちを見る。
「親友の幸せ喜んであげられないなんて寂しいよね」
向き直って、穏やかな表情になった。

「冗談だよ。あやに先越されたこと、悔しいのは事実だけど」
「なち・・・」
「あ〜ぁ!私も彼氏ほしいなー!!」
「電車の君はどうしたの?」
「それがさー!彼女いるみたいで・・・めちゃくちゃショックなんだけどー!!」
「なっちゃん美人だから、すぐできるよ〜」
「できないからこんなになってんだよ〜!」


そんな話をしていると
「綾部!帰るぞぉ」
教室の扉のところから呼ばれた。
今は放課後。
教室に残ってた女子たちがざわつく。

今日は部活ないから
先輩と一緒に帰る約束なんだ。
っていうか
だいぶ治ってきたとはいえ
まだびっこ引いてるあたしの荷物持ち?

「あ、はいっ!」
あたし
「じゃあ、先帰るわ」
まどかとなちにそう言って
荷物を持って立ち上がる。
「うん、また明日ね!」
にっこり手を振るまどか。
と、やっぱりうらめしそうな顔をしているなち・・・。

親友のなちでコレだもんな・・・。
校内の女子のほとんどを敵に回してるのかもしれない・・・。

そんなことを思いながら
よたよたと先輩のところへ行く。
女子たちの視線があたしに突き刺さる。
う〜・・・
これにもそのうち、慣れるのかなぁ?

「荷物、これだけ?」
先輩はあたしが持っているカバンにスッと手を差し出す。
「はい・・・」
「じゃ、行くか」



駅までは普通に歩けば15分程度だけど
今のあたしのペースだと20分以上かかってしまう。

あんまりきれいとは言えない川に沿った通学路。
左手は青々とした田んぼ。
ウチの学校、田んぼの真ん中にあるイメージなんだよね。
今は部活のない生徒たちの下校時間も過ぎて
前方のかなり遠くに2〜3人いる以外
人はいない。
その通学路を
ゆっくり、ゆっくり
駅に向かって歩く。

「あの・・・」
「なに?」
「やっぱり、荷物くらい自分で持ちます」
手ぶらで歩いてると
手持ち無沙汰で仕方ない。

「ダメ、綾部は歩くことに専念しなさい」
「でも・・・」
「綾部が荷物を持つなら、オレが綾部をお姫さまだっこすることになるけど?」
「えぇっ!?なんでそんなことになるんですか!!?」
あたし、思わず2〜3歩後退りしてしまう。
「そんなにイヤかよ・・・」
先輩が怪訝そうな顔をした。
「あっ・・・!そういうわけじゃなくて・・・!!ただ単に恥ずかしいっていうか・・・っ」
顔の前で両手を振って
焦りまくって弁明していると
「ひゃっ!」
おぼつかない足元が絡んで
前のめりにコケそうになったのを
「おっと!」
先輩の腕が支えてくれた。

「すみません!ありがとうござ・・・」
そう言いながら顔を上げると
先輩の整った顔が
超至近距離に近付いてきて・・・

「えっ?」

先輩のくちびるが
あたしのくちびるに
ふっと
軽く触れた。

「スキあり」

ニヤリとする先輩。

「☆○×□△〜〜!!!」

あたし、バッと先輩から離れて
両手で口元覆って
これ以上ないくらい真っ赤になっちゃう。
ものすごい速さで
心臓がドキドキいっている・・・。

「ドキドキすることが『自分らしくない』じゃなくて、『楽しい』って思えるようにしてやるよ」

先輩自身も少し顔を赤らめながらそう言った。
たぶん、先輩もドキドキしてるんだよね?

先輩・・・
あたし、もうすでに
ドキドキが心地よくなっちゃってる・・・。

まどかが言った通りだね。
『尊敬が恋愛感情に変わるのってそんなに難しくない』って。
自分にこんな感情があるなんてびっくりだよ。
こんな風に誰かを想えるなんて・・・。

今はまだ慣れなくて
戸惑うことばかりだけど
いつか
先輩の隣にいることが
自然になれればいいな・・・・・・。


「綾部」

笑顔の先輩が
あたしの名前を呼んで
左手を差し出す。

あたしも
自分の右手を
先輩の左手に重ねる。


始まったばかりのこの気持ちが
ずっとずっと
続きますように――

そんなことを願う
少し乙女になった16歳の初夏でした。



                                Fin.