――中学の入学式の日

桜は満開を少し過ぎ
はらはらと花びらを風に舞わせていた。

今日、めでたく入学する市立松陵中学校は
200メートル強におよぶ坂の上にあり
走って登校する遅刻者には心臓破りだと思われる。
その坂道をオレを含めた新入生たちが
真新しい制服に身を包み、ぞろぞろと学校へ向かって歩いている。
保護者に付き添われている者。
小学校からの友だち同士だろうと思われる集団。
誰もが新生活に対する期待と不安で胸を膨らませているだろう。

なんて、冷静に周りを分析してるように言っているオレ自身も
結構緊張していたりする。
親が寝坊をして『先に行ってて!』と言われて・・・
こんな日にこんな場所にひとりでいるとなかなか心細いものだ。

そんなオレの前を行くひとりの女の子がふと目にとまる。
下を向いて一生懸命なにかをしながら歩いている。


セーラー服のリボン
結んでるのか。

肩より少し伸びた髪をハーフアップに結っていて
必死になっているせいか、眉間にはしわがよっている。

結んでは解き
結んでは解き
オレには
それでいいんじゃないのか?
と言う出来映えだけど
彼女には
何度やっても納得が行かないんだろう。

オレが見始めてから10回くらいやっただろうか。
ようやく、納得がいったようで
彼女はすごくうれしそうに
少しはにかむように笑った。

その瞬間

トクン・・・

心臓が今までに感じたことのない動きをした。

舞い散る桜の色が移ったかのように
淡く頬を染めたその笑顔を
すごくかわいいと思った。

まるで
宝物を見つけたような
気持ちになったんだ――


さっきの女の子は何組なんだろうか?
そんなことを考えながら
緊張は持続したまま教室に入り
自席に着いていると

「おわっ!秀樹じゃん!同じクラス?ラッキー☆」

小学校こそ違うが
同じ少年野球チームでプレーしていた柏木隆成が
いつも通りのテンションでやって来た。
性格もテンションもポジションもまるっきり違うけど
なんだかウマが合って
チーム内でイチバン仲のよかったヤツだ。
少し緊張がほぐれて、安堵した気持ちになる。

「ああ、よろしくな」
「オマエ、当然野球部入んだよな?」

コイツには緊張なんて言葉は無縁らしい。
オレの前の席のイスに腰掛け、身を乗り出して聞いてくる。

隆成となんのかのと話をしていると・・・

あ・・・!
さっきの女の子・・・・・・

緊張した面持ちで教室に入って来たその子は
間違いなく
さっき通学路で見た女の子だった。

うわっ!
同じクラスなのか?

自ずと
胸がドキドキしてしまう。

彼女は自席に着いて
また
リボンに目を落とし
右手で触れて
ふんわりと微笑んだ。
きっと、セーラー服が楽しみで仕方なかったんだろうな。

「オマエ、なに見てニヤニヤしてんの?きしょくわりぃぞ。っつーか、オレの話、聞いてる?」

怪訝な顔の隆成そう言われて
ハッと我に返る。

当然、隆成の話なんてひとつもアタマに残っていない。
無意識のうちに
彼女の笑顔につられて
オレもニヤニヤしてしまっていたらしい・・・。
さすがにこれは恥ずかしい・・・・・・。

「な、なんでもねーよ!」
「なに慌ててんだよ?あやっしー!」
そう言って隆成はオレが視線を置いていた方を振り返る。
「だから!なんでもねーってば!!」

オレは

ガタッ!

立ち上がって
隆成の視線をさえぎる。


自分の見つけた宝物を
まだ
独り占めしておきたかったから・・・。


この気持ちが
恋なのだと気付くのは
まだ少し先だけど

この日オレは
彼女に
一目惚れした――



あれからいくつもの季節が過ぎ
また春が訪れる。

春が訪れるたび
桜が咲くたび
あの時のことを鮮明に思い出す。


「秀樹?」

桜を見上げるオレの隣で
彼女は不思議そうにオレを見上げる。

「あ、悪い、ボーっとして・・・」
「なに考えてたの?」
「なんでもない、行こうか」
「うそだぁ〜、なんでもないのに秀樹がボーっとするはずないもん!」
そう言って、少しムッとした表情をする。
彼女は目ざとい。

だけど・・・

「なんでもないよ」

オレはそう微笑んで
彼女の手を取って歩き出す。
彼女の顔が軽く紅潮して
あの
オレが一目惚れした笑顔に変わる。


キミに出会った日

あの日のことは
キミにだって教えない。

大事な
大事な
オレだけの宝物――



                                          Fin.